カテゴリ:句評など( 49 )

夜半と比奈夫

夜半と比奈夫


俳句界(2017・4)で特集「夜半と比奈夫」をやっていたので、覗いて見た。

既読の著名な作品は外して、その他の作品で現在の小生の好みに合う作品を

メモってみた。


後藤夜半

春の月上りて暗き波間かな

松の内相見ゆこと美しく

嗜むは草木の薬十三夜

手にお瀧足にお瀧と寒垢離女

噴水の穂をはなれゆく水の玉

端居して遠きところに心置く

風邪を引くいのちありしと思ふかな


後藤比奈夫

人の世をやさしと思ふ花菜漬

雲は行き懸大根はとどまれり

流さるる雛に桟俵の隙間

文字摺の花が次第に渇筆に

腰振ってゐる孑孒といふ字かな


「諷詠」主要作家からは以下。(作者名は同書を参照ください)

陽炎を抜け出して来る馬が勝つ

暗闇を祭の色として使ふ

顔見世のはねて夜だけ残りたる

力抜き金魚を掬ふ手となりぬ

水よりも冷たき鮎をつかみけり

水の味頼りなければ風邪らしき

雨空が雨蛙ばら撒きにけり

鹿の背がいつも静かに逃ぐるなり

雪渓を渡る還らぬ人のごと

悴むんでならないものに糶の声

アフリカに蚤の季節といふがあり

菜の花に明けてゆくなり筑後川

カチューシャを妻が歌へば冬近し

一日は一日蟻も人間も


とりわけ、

雨空が雨蛙ばら撒きにけり

が現在の時候にあって素晴らしい。


以上





by 575fudemakase | 2017-05-27 13:08 | 句評など | Trackback | Comments(0)

後評(2017・2)

後評(2017・2)


38林泉の浮島めぐる鴛鴦の沓
「林泉」「浮島」「鴛鴦」等と並べられると絵巻だとか
大和絵だとかを想像して仕舞う。雅な色合い、構図を思い浮かべるのである。

78春立ちぬ固き結び目解くやうに
凍てが解ける の内の 「解ける」を「紐の結び目が解ける」に換骨奪胎した。


86鷽替えて亀戸大根提げ帰る
作者が主婦ということを大っぴらに持ち出して詠ったところに
共感。市民感覚が横溢している。

128磐座に喰ひ入る寒の椎の幹
樹木とコンクリート、樹木と金属、樹木と岩石の相克するさまを折々目に
することがある。例えば、樹木の幹に針金を巻きつけて置くと数年後には
樹皮がそれを呑み込んで仕舞う。樹皮は軟体生物のようなもの。
樹木は逞しい。岩手の石割り桜を思い出した。

138松明の煙の匂ふ節分会
「煙の匂ふ」に鄙びた感じが宿る。野趣あふれる一句。
チマチマした節分会に終わっていない。

153雪垂る音のとり巻く浮御堂
「とり巻く」の措辞がうまい。それに「浮御堂」の「浮」の一漢字が効いている。
春先に向かうウキウキ感に繋がるのである。

165春障子ひとりとなりて久しけれ
句柄に余裕がある。確か小説に余裕派というのがあった。漱石だったか?
何事にも余裕のあるのが佳い。

177深海魚やたら出回り冴返る
皆さんは金目鯛が深海魚であることをご存知ですか?
あろうことか、水産資源が枯渇して深海魚の金目まで網に
掛けるようになった。もうジリ貧である。(金目漁は、金目が朝方、深海から浮上して
来る性質を狙って捕獲する漁だという)
中国では内陸部の人間までが魚を食うようになった。仲買で中国に競り負ける事態と
なっている。魚好きの私としては慨嘆の日々である。

197稜線を越え来る木霊春立てり
「稜線」「木霊」「春立つ」等変哲のない用語を三つ並べただけだが、それでも匂ってくる季感
がある。

200雛店のシアトル宛の発送荷
日本人も海外に頻繁に出向く時代となった。一時的にしろ、永住にしろ、海外は
もう身近だ。そでも古い人間には、海外は ヤレ一入の感がある。
by 575fudemakase | 2017-02-20 18:08 | 句評など | Trackback | Comments(0)

後評 2017年一月ねずみのこまくら句会

後評 2017年一月ねずみのこまくら句会


●天水に篝燃えゐる除夜詣
この頃 足許不如意となったので近場の除夜詣ばかりやっている。
そんな親近感があって頂いた。

●初春の尾道水道碧豊か
かって良寛さんの里を詠もうと思って一人旅をやった。
そこから良寛さんが発心を起こして旅立ったのが尾道。
「初春の尾道水道」と先ず据えた。「碧豊か」とはよう享けたとおもう。

●仄明かり障子九枚に九体仏
これはおそらく浄瑠璃寺の作であろう。
一つの堂に九体の阿弥陀さまが祀られている。上品 中品 下品 の三体づつが一つの堂宇
に祀られている。何といっても、あの堂宇の開放的な空間が魅力である。
堂障子の向こうはお池。堂障子が明り取りである。以下は拙句。季は同じく冬。

うすらひをつつつつと鶸浄瑠璃 ねずみのこまくら 昭和五十八年

●東京の無垢の青空お元日
東京と言えば、女房方の会津の俳人 新城杏児 の次句を思い出す。
東京の悪に触れたる冬銀河 杏児
新城杏児は栄泉と並ぶ会津の造り酒屋 末廣の当主で、わが女房の父親はその新城家の
七男である。その縁もあって、過日 その新城家の墓地を訪れたことがあったが、その中に
出稼ぎ先のここ会津で亡くなった杜氏の墓を見い出して、その〝あわれ〟を想ったこと
があった。杏児句はたしか、平凡社の歳時記、冬銀河の部に例句として載っている筈である。
そんな訳があって掲句に関心が及ぶのである。

●屠蘇祝ふ喜寿も傘寿も夫は亡く
高齢者さん 淡々と境涯をお詠みになる。
俳句の行き着く先はかくなる所か?ブレずに行こう。

●元朝や定位置にある潜水艦
このところ、横須賀参りが続いている。
イオンにある映画館行とヴェルニー公園からみる軍艦の勇姿がハラショーである。
小生はそれを楽しむ極めて危ない老人である。
三が日から護衛艦 出雲を撮りたくてパチパチやって来たが、尖閣方面へでも行ったのか
お留守であった。帰路は、銭湯が好きなので、その近くの吉倉というところの新湯にザブン
と入って来た。今年の読み初めは「米中戦争 その時日本は(渡辺悦和)」「米中もし戦わば
戦争の地政学(ピーター・ナヴァロ)」と潜水艦の本 4、5冊である。(「潜水艦の戦う技術 現代の「海の忍者」-その実際に迫る」「潜水艦のメカニズム完全ガイド なぜ、日本の潜水艦は世界最高水準と言われるのか?」「知られざる潜水艦の秘密 海中に潜んで敵を待ち受ける海の一匹狼」等)
渡辺悦和氏は元東部方面総監、ピーター・ナヴァロ氏は教授で、対中強硬派で、ドナルド・トランプ政権の国家通商会議代表。
話変わって、掲句に係わる点については、かって貞雄さんの句集紹介をした折に指摘した
一部を以下抜粋する。下記一連につらなる句である。
あと正月に観た映画と言えば、「この世界の片隅に」である。横須賀と並ぶ軍港 呉の戦前 戦中 戦後を描いたアニメである。空襲のシーンだったか、忘れたが呉と言う地名の謂れが印象的であった。後でグーグルマップで地形を調べたら、たしかにここは天然の要塞。戦艦大和が建造されるのにふさわしい地である。
「灰ヶ峰」をはじめとする呉一帯をつつむ連峰を「九嶺(きゅうれい)」と呼びそれが訛って「 くれ」になったという説があります…

(抜粋)
季語別 田中貞雄句集を読んで(特徴を中心に)

俳誌のサロン 2015・5・10

貞雄さんとのおつき合いは、そもそも俳句初学の頃
俳句結社 濱の同人であった 下田稔氏の教えを共に
受けたというご縁であった。句会を共にするように
なって15年を経た。目下、作句力は爆発しているようだ。

▼ご自宅周辺
お住まいは横須賀 田浦 。軍港に近く港町に因んだ町名が
多い。因みに、田浦 長浦 船越 汀橋等々…
とりわけ〝潜水艦が街の顔〟の句は、自宅周辺を詠って秀逸
である。

ぼんやりと尾をひく汽笛年替はる
艦艇の舳先ずらりと年迎ふ
初明り潜水艦が街の顔
浅蜊汁分の浅蜊を採つて足る
きぶし咲く素掘隧道出入口
春眠を引きずるやうに油槽船
泣き言の代りに鳴らす海酸漿
軍艦碑竜舌蘭を供花とせむ
釣瓶落し艦旗降納見届けて
行く年の憂さの捨て場の転舵渦
釣瓶落し艦旗降納見届けて
潮溜りあれば覗きて秋うらら

●冬しんしん妻の塗絵の根気よき
高齢者が塗り絵をするシーンと言えば、デイケアでよく見かけるところ。
ちょっと切ない一句。わが妻と思えば…。

●年の市身を乗り出せる嗄れ声
かって浅草 浅草寺の年の市に出向いたことがあった。この年の市、元来、仲買人が相手で
小売は無かったのではなかろうか?冬の寒さの中、股火鉢でもしながらの商売であった。
こんな中で詠んだ拙句は

年の市海山の幸積み上げて さざなみやっこ
神棚の値切り落とさる年の市 HAIKU199812sono3

健脚であった当時を懐かしむばかり。

●冬牡丹眺め居る間の陽の翳り
わたしの感覚では、「眺め居る間の」では無く「眺め居る間を」である。
いろいろな日の翳りの句があろうが、冬牡丹への日の翳りは、微妙であり、格別である。
かっての上野 牡丹園での寒牡丹当日詠の興奮を思い出す。拙作(細見綾子特選)は以下。
寒牡丹こゑあたたかく讃へらる ねずみのこまくら 昭和五十八年

●七日粥泣くも笑ふも一人なり
泣くも笑ふも一人 とは切ない。
孤独に耐えるのが老人の仕事 と言ったのが佐藤愛子。
今 彼女の 「九十歳。何がめでたい」を読んでる最中。
キンドルのペーパーホワイトを買ったので、これからは全て電子書籍。
寝床の真っ暗闇でポーッとした明りの中で読んでるいる。
by 575fudemakase | 2017-02-20 18:06 | 句評など | Trackback | Comments(0)

2016年 7月 ねずみのこまくら句会の諸句(コメント付)

2016年 7月 ねずみのこまくら句会の諸句(コメント付)

予選でザッと句を抜いてみたら、下記の如くとなった。
句の前の番号は、選句稿の通し番号
気づいた点ズバズバとやりますが妄言陳謝。

1ラベンダー弧をゆったりと地平線
4梅雨晴間浚渫船が勢を出す 精を出す?
8茅葺村青嶺囲ひの三十三棟 音律的にもキリのよいところで 三十棟
12けふ一花木槿の永き花期始まる
14鑑真像睫毛一本づつ涼し
20街の名を負へる和菓子や檜扇咲く
21雨あがり百足を運ぶ百の蟻 百の蟻?蟻見たり
22青葉木兎疲れしときは眠れとよ
23ヨツトの帆夕陽に染めて畳まるる
25校庭は芋畑その下に壕 戦時下?
30鮎釣りの波を腰簑徒渡る 鮎釣りの腰簑大川徒渡る 又は 鮎釣りの腰簑激流徒渡る
31眠る子の捻り鉢巻き夏祭
38徒然は虎蜘蛛なぞ指で追ふ 虎蜘蛛は蠅虎と女郎蜘蛛の意あるが前者か?
50夏蝶の大小に遭ふ昼下がり
53晩涼の会釈に一語加へけり
54まだ傷を持たぬ梔子朝の雨
56梅を干す三日三晩の約を守り
57蚊の唸り採血の跡撫でをれば
62空堀へ虎口開く青葉闇 虎口をこぐちと読ませるなら一音足りない
74指で溶く絵具のうぜん描きにけり 描きにけり?描きけり
79首立てて屋敷番めく蝮草
82二番子の燕の巣立ち寂しめり
85梵鐘の余韻いんいん夕焼け空
90正座して位牌を拭ふ盆の夫
93湯ほてりを冷ます程よき青田風
97また義理を欠く梅雨冷が足の枷
99夏草に腰を下ろせば芳しき
105リズミカルに広場横切る梅雨鴉
106熱帯魚翻るとき七色に
113朝曇着てゆくものの決まらない ものの?ものが 現在は口語の世の中故「ガ」が
ふさわしいか?
119夏の日のボートサファリや河馬の群
123夏潮のしぶき翼にクルーズ船
125青鬼灯笑ひ忘ぜし月日あり
126しばらくは登拝の汗風まかせ
128老鶯の声の沁みたる朝の山
129そこばくの風に人寄る作り滝
136神苑に梅の実一つ落つる音
140老いらくの間柄なり竹婦人
142鮎飯を旅の宴の上がりとす
143水神へ蛇のお通り草揺れぬ 草揺れぬ?ここ一考したいところ
155日覆や道にはみ出す履物屋
156オルガンに「海の子」唄ふ大南風
163明易のことことと来る牛乳屋
166水母ひとつ所在なく浮く潮溜まり
171園丁のニツカポツカに菊を挿す
175万緑や寝そべる牛の向き同じ
176余儀あらず南無三宝とばかり滝
177路地に干す天草跨ぎ浦住まひ
178取り敢へず地蔵に預く落し文
182蝉声が押し包みゆく何もかも
189吾以外皆ケータイの冷房車
196どの軽鳬が親とも子とも寄り離れ 寄り離れ?畦道ゆく
198開演にもうあと少し扇揺れ
by 575fudemakase | 2016-07-13 07:49 | 句評など | Trackback | Comments(0)

螢見て部屋に小さな燈をともす

螢見て部屋に小さな燈をともす


選句時、掲句を見て後ろ髪を引かれるように、掲句にたち戻ったのは何かを感じたとったからである。
それは一寸突拍子もない話だが、絵巻の「異時同図法」という技法。

【参考】
絵巻のよさはこれにとらわれずに左右をもっと長く描くことも自由だ。大きなものを人が追いかける、 大勢の人が群がっているさまなどは、横に広がると躍動感や迫力が出る。群衆が驚くさまをカメラが移 動しながら追っていく映画的手法と同じである。さらに一枚の長い絵に同じ人物が二度出てくることが 許されており、動きや時間の流れを表現する。これを「異時同図法」といって、日本の絵巻が発明した 手法といってよい。たとえば、絵の右側では男が訪ねて建物に近づく画面を描き、左側にはその男がす でに部屋に入っていて女性と接している、というふうにである。 広げながら時間軸を追うことで空間が繰り広げるさまざまな事態が体験できる仕組みになる。これが、 日本のアニメーションの発達に大きく寄与したところである。

(ねずみのこまくら句会 2016年6月より)
by 575fudemakase | 2016-06-20 06:11 | 句評など | Trackback | Comments(0)

素十の一句 を読みて

素十の一句 を読みて

日野傳著 ふらんす堂 2013・10・15発行

あとがきに依れば、従来注目されなかった作品を発掘する意気込みでのぞんだが、結果の何如は覚束ないとある。
本選は日野氏指摘のその中から小生の琴線に響くものを掬った。
自分の句作が覚束無いと思った時や句仲間の句作りがかったるいと思った時などに取り出して一瞥するのに適していよう。先づはメモる。(旧知の句は割愛した)

一月
お降りといへる言葉も美しく
七種のはじめの芹ぞめでたけれ
夕霰枝にあたりて白さかな
漂へる手袋のある運河かな
繭玉や夕はやけれど灯しけり
雁木中大きな犬の濡れて行く
山吹の花さくまでの炉と云ひし
黄楊の雪大きく割れてゐたるかな
蒲団干すなもしなもしと言ひながら
(「なもし」は文末に用いる終助詞。念を押したり、軽い詠嘆を添える)

二月
大いなる春といふもの来るべし
泡のびて一動きしぬ薄氷
惜別の一盞ここに白魚汁
火の山の太き煙に春の星
足もとに消え沈みたる畔火かな
高菜かき人間もたべ鶏もたべ
百千鳥堂塔いまだ整はず
一堂のあれば一塔 百千鳥
お遍路に嶮しき道のありがたし
ふるさとの芹飯ならばいただかん

三月
たんぽぽのサラダの話野の話
薪割をしつつ初蝶心まち
日おもてに咲いてよごれぬ沈丁花
田打鍬一人洗ふや一人待ち
田打花咲けばみちのく人田打つ
悉くこれ一日の蜷のみち
耕牛の一歩一歩の見守られ

四月
妻連れて兵曹長や花ぐもり
ある寺の障子ほそめに花御堂
ゆれ合へる甘茶の杓をとりにけり
鞦韆や灯台守の垣のうち
半日の用擲つて花下に在り
一日の終るぺんぺん草の花
柳絮とぶ道の真中に立ちて見る
苗代に落ち一塊の畔の土

五月
オホツクへ出漁花の港より
ひるがへる葉に沈みたる牡丹かな
もちの葉の落ちたる土にうらがへる
水馬流るる黄楊の花を追ふ
芍薬や土這へる蜂風の蜂
 牡丹のこと何年も前のこと
三人の斜めの顔や祭笛
いつまでも一つ郭公早苗取
早苗束濃緑植田浅緑
早苗饗の御あかしあぐる素っ裸
小波の立ちてうれしき植田かな

六月
悉く繭となりたる静けさよ
花菖蒲ゆれかはし風去りにけり
花びらを流るゝ雨や花菖蒲
牛蠅といふなりいつも二三とぶ
母の膝娘の膝や粽結ふ
(対偶仕立て)
ともし灯に来るは大方沼の虫
大梅雨の茫茫と沼らしきもの

七月
蓮の花とらんと向けし舳かな
くも糸をわたり返して葉のさきに
竃また夕立風に燃えいでし
雲の峰立ちていよいよ土佐は夏
夏山の大噴火口隠すなし
蝶歩く百日草の花の上
一つづつ団扇を添へて革蒲団
身辺にものの少なき大暑かな
喪の家の大勢立ちて夕立見る
塵とりに凌霄の花と塵すこし

八月
みちのくのまつくらがりの夜涼かな
蛇籠より蛇籠へ渡り灸花
打水や萩より落ちし子かまきり
 桃青し赤きところの少しあり
棚経の上りゐる間も威し銃
稲妻にインカの民は灯さず
割れて二つ割れて二つに水の月
かたまりて通る霧あり霧の中
かなぶんぶんの頭に泥や萩の花

九月
秋風やくわらんと鳴りし幡の鈴
船員とふく口笛や秋の晴
秋雷や旧会津領山ばかり
なきそめし今宵の虫は鉦叩
馬追の緑逆立つ萩の上
鰯雲はなやぐ月のあたりかな
白浪やうちひろがりて月明り
月うすうす人の縁のうすうすと
日日の是好日や秋茄子
石一つ崩して水を落しけり
コスモスの倒れ倒れし花の数

十月
秋の日の笛吹川を一見す
触れてこぼれひとりこぼれて零余子かな
百姓の秋の戻りはまつ暗な
初猟や一水蘆に澄みわたり
稲刈の姉のしぶきのはげしさよ
雁の声のしばらく空に満ち
裏山の日なき紅葉に下りけり
午までが夜までとなり稲架下ろし
まつすぐな道に出でけり秋の暮

十一月
蘆刈の天を仰いで梳る
行秋の朝な朝なの日田の霧
時雨るると四五歩戻りて仰ぎけり
山中湖凧のあがれる小春かな
落葉道みづうみ見えて下りかな
顔上げてからかはれをり蓮根掘
冬の蜂おさへ掃きたる箒かな
箒さき吹き返さるる落葉かな
枯枝のひつかかりゐる枯木かな
悲しみのあり枯山に来りけり

十二月
誰といふことなく当る大炉あり
いく度の大火の草津盛衰記
女の子枯木に顔をあてて泣く
自動車のとまりしところ冬の山
柏手の二つひびきし冬日かな
冬波の百千万の皆起伏
凍鶴のやをら片足下しけり
頰被りしつかと覗く噴火口
雪卸す人に通りし煙かな
一ひらの枯葉に雪のくぼみをり
餅搗くや框にとびし餅のきれ


過日 麥丘人の遺句集(「小椿居以後」)を読んでいたら
行く春や俳句は久保田万太郎
なる句に出会って妙に感じ入ったが、この久保田万太郎のところ 高野素十と遣ってもまんざら悪くもない。一茶と遣っても…。
変な話だが、小生は腹の調子が悪いとき、大正製薬のパンシロンを嚥むとスッキリする。それと同じで、万太郎も素十も一茶も同効果を齎す御仁である。万太郎様様、素十様様、一茶様様である。

以上

by 575fudemakase | 2016-04-12 04:56 | 句評など | Trackback | Comments(0)

龍太俳句二句の背景

龍太俳句二句の背景

俳句界一月号を覗いたら「蛇笏と龍太」特集をやっていた。
その中で雨宮氏の「妻子への眼差し」が 目にとまった。
幾つかの龍太俳句の句の背景に言及していたが、小生が興味を
持ったのは下記二句の背景。
なるほどそうだったのかと納得した次第…。

どの子にも涼しく風の吹く日かな
強霜の富士や力を裾までも

以下、その言及箇所を摘出しておく。

龍太の句は端正にして強く鋭い傾向にある一方、心の奥底には常に優しさと
温もりを宿している。それが顕著に窺えるのが、とりわけ家族への眼差しで
ある。温か味の籠った句が著書に散見出来る。
例えば、昭和二十六年の句に〈抱く吾子も梅雨の重みといふべしや〉がある。
これが龍太の慈愛ではないか。膝に乗っている子は、前年に生まれた純子である。
しかし昭和三十一年秋、不幸にして龍太は次女純子の急死と云う悲運を纏ってし
まった。〈露の土踏んで脚透くおもひあり〉〈枯れ果てて誰か火を焚く子の墓域〉
直情と号泣に他ならない句である。
月日を幾許か経て〈風ぬくし旅半ばより亡き子見ゆ〉〈秋空にひとり日暮れて一周忌〉
と詠む。更に逆縁の悲劇から十年を経た頃に、〈子の皿に塩ふる音もみどりの夜〉と
続く一家団欒は、俊子夫人、長女公子二十二歳、長男秀實十四歳?、次男恵二二十八歳、
三女由美子六歳の家族構成であった。表面は幸せ溢れる様子であるが、塩振る微かな音に
龍太は純子のこえを聴いたのではないか。亡き純子の存在想起である。
〈どの子にも涼しく風の吹く日かな〉高名な句である。前句と同列の思いの作品。龍太の
心底に沈殿するのは矢張り次女純子への追想である。



献身的に龍太に尽くす妻への視点は、長男秀實生誕の年、妻の実家で詠んだ句である。
〈強霜の富士や力を裾までも〉夫人はいたって穏やかな人品であった。妻への全幅の
信頼を寄せた句意が潜んでいまいか。美しく、気高く、どっしりと構える秀嶺富士に
重ねた愛妻讃歌である。
目下のところ、この句を凌ぐ富嶽の句は見当たらないと言っていい。
更に〈螢火や箸さらさらと女の刻〉と感謝の眼差しを向けた、晩餐後の廚を詠んでいる。

(「妻子への眼差し」  雨宮更聞 より)


その他、もう一つ龍太句の解説で関心を持った箇所があったので
それも引用しておく。

鰯雲日かげは水の音迅く

その頃、同じ鰯雲を詠んだ句に〈ひややかに夜は地を送り鰯雲〉があり、
金子兜太先生はこちらのほうを褒めておられました。毎月、麥南先生宅に伺い
俳句談義をしていたのですが、その際、私は前者の句のほうが好きで、後者は
まだ若さが見える、と話すと、麥南先生も納得してくださいました。

(「インタビュー」 淺井一志より)

小生も昨年、後期高齢者の部類に属しましたので、淺井氏の感想よく判ります。
 

以上
by 575fudemakase | 2016-03-15 02:10 | 句評など | Trackback | Comments(0)

メモ 青々100句

メモ 青々100句

ある雑誌で茨木和生さんが 松瀬青々 100句を抽いていた。
その中から小生の胸にピンときた句を拾えば…

舷や手に春潮を弄ぶ
石段にのる事二尺春の潮
乾鮭のあるが上にも貰ひけり
正月にちょろくさい事お言やるな
すてし花は氷の上にこほりけり
鳥の巣が木にも土にも山畠
菜の花やむうと日のてる雨上り
鵙なきぬ曇りのどことわかたねど
秋の風地をふきたてゝ澄みにけり
春風が空の中から吹いて来る
黄河よりいざよふ雲の五月かな
どこ迄も奥あるやうに蛍とぶ
鴨の嘴黄によごれたる寒さかな
水にては水の色なる白魚かな
春たつやどこがどこかとも無けれども
ぼっかりと雪ほどのもの世にあらず
まんもすの骨を掘り出す枯野かな
顔よする二尺一尺梅の花
大和岡寺菩薩の子なり蛙子も
秋来ぬとさやかに雲のうすれ飛ぶ
月見して如来の月光三昧や

以上
by 575fudemakase | 2016-01-09 05:32 | 句評など | Trackback | Comments(0)

2015年 12月 ねずみのこまくら句会の諸句

2015年 12月 ねずみのこまくら句会の諸句

予選でザッと句を抜いてみたら、下記の如くとなった。
句の前の番号は、選句稿の通し番号

23 子福者の破れ障子や笑い声
26 北狐一本道をもどりけり
29 豚丼食ふ東大食堂時雨なか
30 村の子の冬夕焼けの富士へ跳ね
36 杖に慣れ通院に馴れ日短し
42 鍋鶴の着地の脚を出しにけり
44 萱の穂の痩せれば沼の光りけり
46 雪富士の全容母郷の家並尽き
48 花八つ手石蹴りの子のもう居らず
50 眠る間は星空に浮く冬山家
53 暖冬や虫食ひ野菜虫のもの
54 紅葉山日照雨雫も染むばかり
61 冬牡丹お七の寺はこのあたり
63 年の瀬や時の流れのまっしぐら
70 膝病むで妻と相身互ひの冬
72 寒蜆洗ひ黒曜石の艶
75 弁才窟入口出口石蕗の花
82 赤門通り銀杏紅葉の張り付ける
88 柿の木に柿の実すずめ鳴きやまず
90 餅搗き大会火の番役として参加
96 上げ潮の音が夜寒の刻刻む
105 大文字あらはに見せて山眠る
108 花柊こぼれて苔の隙間かな
110 絵馬を見る我が背に落葉触れにけり
116 青竹を伐り出してゐる年用意
123 大焚火暮ゆく富士へ爆ぜにけり
124 皇帝ダリヤ南極船を見送れり
126 義士の日や安兵衛仇討碑にも触れ
128 逢はねども欠かさぬ賀状五十年
131 畑仕事いまだそこそこ暮早し
132 蓮根掘りマシンガンめく水噴きて
136 年忘れ匂ひこもごも追込み席
137 冬耕の鍬ぴかぴかに洗ひけり
138 リハビリはもうあと一歩帰り花
145 粧ひの山の端一日踏んで来し
146 白鳥のその水影の白きこと
148 えんどうの手笹を鳴らす空つ風
152 神南備山のしぐれに道の細りけり
155 老いの身に漠たる不安冬の街
156 ウィンドに映して笑む子冬帽子
157 六甲の風にハーブの穂絮飛ぶ
162 とつとつと小津語る人夕時雨
165 線刻のほとけの裳裾いちゃう散る
169 訪ひたくて訪ひし安達太良鷹渡る
170 バス降りて冬満月との家路かな
172 マスクして江ノ電車掌指呼のなし
174 旻天へ奏でる雲中菩薩かな
177 雪虫やいつもひとりの野良通ひ
181 山眠るわたしも眠るひとりの家
182 鳴き交はす白鳥に覚む湖の宿
190 鎌鼬水木しげるは幽界へ
191 生きてゐしかば一束の冬菜干す
194 落葉呑みこみし大鯉ぺと吐きぬ
199 巻繊汁亡き夫の椀大ぶりよ
202 報恩講吹き寄せを盛る蒔絵椀
203 北風をゆき遠吠え誘ふ急救車
204 月光裡暗きピアノの帆が進む
205 綿虫を吹きて忘るる野良疲れ
209 小春日のお歯黒獅子に噛まれさふ

以上
by 575fudemakase | 2015-12-17 07:33 | 句評など | Trackback | Comments(0)

石田郷子句集『草の王』覗き見

石田郷子句集『草の王』覗き見

石田さんの最新句集を読みたいものと思っていたがなかなか読める機会がない。ネット上の広告か何かに載っていたのが、下記。
集中 最も興をひいたのは次の二句

更衣してすらすらと読めるもの
凩や古布に棲む蝶や鳥

次いで

雛の客猫の頭突きをくらひけり

の愛嬌か。
その他、先人句を下敷きにして作句(挨拶)されたものと思われる句もあってほほえましいと思った。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++

◆第三句集
一月の海原といふ目を上ぐる

原始的(プリミティブ)であり続けること。
野性の目差しと躍動する詩魂。

◆収録作品
四万六千日人混みにまぎれねば
教会のやうな冬日を歩みをり
雛の客猫の頭突きをくらひけり
更衣してすらすらと読めるもの
夕べより青水無月の眼なる
山男紫苑の丈を眩しみぬ
凩や古布に棲む蝶や鳥
くるぶしの清々しくて草いちご
十薬を干す執念は持ちあはす
狼のたどる稜線かもしれぬ

*

[いしだ郷子句集(1958〜)「椋」代表「星の木」所属]
装丁:和兎
四六判小口折り装
192頁
2015/09/10刊行
v
by 575fudemakase | 2015-11-19 21:12 | 句評など | Trackback | Comments(0)


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らくらく例句検索

インターネットの「Google」や「yahoo」の検索ボックスから、季語等を入力して数多くの例句を得られれば大変便利である。

具体的に季語“新樹”の例句を求めるには、先ず検索ボックスに“新樹”と入力する。
その後、ひらかなで“れいく”と入力する。この時、日本語変換候補に幾つかの語彙が表示されるが、その中から“575筆まか勢”を選択する。
この結果、検索ボックスには “新樹575筆まか勢”と表示される筈である。
この用語で検索すれば求めるサイトが表示される。

但し、上述の ひらかなの“れいく”と入力して“575筆まか勢”を選択する為には、事前に小細工をしておく必要がある。
即ち、ユーザーズ辞書を使って “れいく=575筆まか勢”を定義しておく必要がある。以下はその指定方法。

ユーザーズ辞書定義

▼iPadの場合
設定>一般>キーボード>ユーザーズ辞書

単語 575筆まか勢
よみ れいく

▼kindleの場合
アプリ>設定>言語とキーボード>キーボードの設定>ユーザーズ辞書

読み れいく
表記 575筆まか勢

PCの場合も同様に「ユーザーズ辞書」機能を使い、前もって定義しておく。

春の季語から現在の当季季語までは既に表示可能である。
来年の三月末(2015年3月末)までに全季語について表示可能となる。

以上

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