桂信子の句 「春」編
桂信子の句 「春」編
桂信子の季題別全句集を読んで佳句を愉しもう。
先ずは「春」編
▼時候
擂粉木のどこやらにある春の家
雑草に春の気配の風かこれ
傾ぎし家どうにか春となりゐたり
春の航波の綺羅よりはじまりぬ
どこからか春はくるなり目つむれば
はるの地震いまさらどうなるものでなし
まさに春孔雀の羽根の拡げやう
九十の春いまだ読みたき書のあり
九十の春いまだ行きたきところあり
九十の春いまだ知りたきことのあり
ときどきは音立てなほす春の滝
ふてぶてしく春の金魚となりゆける
浮き出でて顔の大きく春の鯉
汚れゐる本のカバーも二月かな
松の根のあらはに二月過ぎにけり
かはらけの宙とんでゆく二月かな
大正昭和二月の雪は深かりし
しろがねの太刀欲し二月ともなれば
旧正の白波に佇つまひるかな
立春の積木の家を指くぐり
春立つ日シャボンの泡の中に居り
春来るや身の底を海とどろけり
春立つや音たてて矢を放つ風
あけぼのの色そのままに春きたる
音頭とるつもりなけれど「春がきた」
浅春や闇へひろがる松の枝
春寒や昨日からある雲丹の瓶
春めきてきしか何やらむずかゆし
遠山に日ざし衰ふ二月尽
目の端に水が光っていて二月
三月の下駄箱暗き小学校
三月は曲りくねりし松の枝
燻れる生木三月終りたり
きさらぎの水のひびきを夜も昼も
如月の鯉を一刀両断す
きさらぎのいづれの星となりたまふ
きさらぎの夢のつづきのきれぎれに
啓蟄や曇り硝子に灯のともり
啓蟄や音なく濡るる庭の樹々
紙屑を焚けば彼岸の炎色立つ
川舟の舳先の揃ふ彼岸寒
宿の畳にべったり坐る四月かな
四月逝く柱鏡に空映り
さざなみの滋賀に弥生のひと日かな
清明や砂搔きつづく放ち鶏
春日向鉋次第に早くなる
春の昼匙落ちてよき音たつる
食堂に松風通る春の昼
春昼を動きづめなる鶏冠の朱
白湯たぎる音となりつつ春の昼
鮨くうて皿の残れる春の暮
蜜なめて黒瞳かがやく春の暮
地に添うて鶏の一日春の暮
春暮とも知らず水槽の眼なし魚
山の音こだまにかえる春の暮
相模野の春暮になじむとりけもの
窓を出てショパンの高貴春の暮
水道管地中に岐れ春の暮
立つ波の白き尖りも春の暮
擂粉木の音のなかなる春の暮
如雨露より水のやさしさ春の暮
遠く来て名もなき川の春の暮
永き日の「羽衣」を舞ひをさめける
永き日の鼓きこゆる廊流し
花冷えの夜は眼をひらく陶器の魚
密封の壺の重さよ木の芽風
木の芽風漆黒の膳拭き清め
穀雨とて燈明の芯かきたつる
水の面を影の過ぎゆく穀雨かな
春ふかく芋金色に煮上りぬ
畳より立つ影八十八夜なる
紺暖簾奥の八十八夜かな
人の葬暮春の水を汲むばかり
大海亀の涙を憶ふ暮春かな
護摩の火の燃えさかる間も春逝ける
逝く春の林のなかの水たまり
逝く春を惜しむ間もなくあれやこれ
逝く春をおくる心の綾さまざま
門内の大きな壺と春惜しむ
ぼんやりとしてゐていつか夏近し
▼天文
春月や川面に何の水煙
おぼろより仏のりだす山の寺
村々や朧のなかに鳥睦み
夜陰よりおぼろに入りし松の幹
艫音して寄りくる舟も朧かな
朧より立ち上りくるものの影
どこまでも橋伸びてゆく夜の朧
舟べりに鱗の乾く涅槃西風
春疾風帆船硝子瓶のなか
倦める身に春雨絶えず幹つたふ
春雨来て病廊せばむ配膳車
菜種梅雨念仏の膝つめあわせ
菜種梅雨灯明の輪を幾重にも
レコードのかすれしダミア春の雪
音のなき越後や湖に春の雪
夜の町は紺しぼりつつ牡丹雪
灯は水にまたたきはじめ牡丹雪
牡丹雪まばらに人の顔の見ゆ
鮨にぎる手がガラス越し春霰
母へ濁す言葉の端よ別れ霜
手を触れて鳥のぬくみの夕霞
白粥に霞みし山河ひろがれる
洛中の霞める日々を稽古笛
ことごとく雑木山なり霞みけり
行平にただよふ飯や昼霞
立山のあるべきあたり朝霞
花ぐもり庖丁きれぬままつかふ
さきがけてわが部屋灯す春夕焼
▼地理
春の山短かき柵をめぐらせり
水一筋末黒となりし野を流る
春水のきらめくに似て過ぎし日は
くるぶしの際ぬけてゆく春の水
おもむろに首のべし鹿春の水
春の水美髯の鯉のあらはるる
鶏の羽ちらばっていて水温む
水温むころの思ひ出あまたあり
厨水春川に入る音を立て
眼前の有刺線他は春の湖
春潮の歯並くり出す雲の午後
春潮の幾重も夜に入らむとす
橋裏に光のあそぶ苗代寒
残雪の裏山見えて古時計
身にひびく音ことごとく雪解音
光りあつめる一本の杭雪解川
街道の昼絶え間なき雪雫
舞殿を雪解雫の囲みけり
薄氷の真下の水に鰭の紅
薄氷の池をまぶしみ奈良茶漬
薄氷に遠く日あたる林あり
薄氷をのせたる水の動きけり
▼生活
塗椀の重くて母の木の芽和え
日を浴びる雀を屋根に蜆汁
日当るやうぐひす餅の粉膝に
雨はじく傘過ぎゆけり草餅屋
草餅のだんだん重くなってきし
すぐ横に看板のある桜餅
湯呑置く粗拭きの盆桜餅
桜餅何もなき山眺めけり
さくら餅仏間を通りぬけにけり
雛菓子にすこし日あたる母の留守
雛菓子の紅毎年のことながら
鉄燭の春の灯となりゐたり
鹿の首壁より出でて春暖炉
竈の火片側にうけ種袋
野遊びの着物の湿り老夫婦
学校の裏の道ゆく蕨狩り
見えかくれしてそれぞれに梅を見る
梅見頃花よりもまづ坐らねば
夜桜や影の大きな人往き来
誰彼のわが前よぎる花篝
行くひとの背を照らしゐる花篝
中空にとどまる凧も夕陽浴ぶ
凧糸の白きひとすじ身より出て
まつしろな猫に睨まれ春の風邪
春愁の夕べを帰る手の汚れ
春愁もなし梳く髪のみじかければ
春愁や着馴れし服の匂ひにも
暗幕の裏の緋色や入学期
▼行事
竈よりとり出す烈火一の午
初午や白波つづく裏社
初午や結び疲れの赤い紐
初午や灰かぶりゐる道の草
戦後脛長き少女の雛祭
雛まつる壁裏昼の物音す
雛の日の日向かたよる石畳
雛の灯を消して仏間と闇かよう
雛壇に半日おかれ母の眼鏡
卓袱台をもたせし壁や雛の日
崖降りるひと見えてゐる雛の日
大方は雛人形の箱と見し
雛の眼にただ亀甲の松の肌
いっかうに変り映えせぬ雛の膳
整へるものの哀しみ雛の眼
炎上せし雛の叫び暁の雨
雛の顔夢のなかなる炎かな
晩成の成はいつごろ万愚節
涅槃像拝む閾の艶またぎ
涅槃図の象の歎きは首のべて
涅槃図の裏側をゆく人の声
開帳や泥のつきたるままの靴
足どりのおなじ遍路の前うしろ
傍らの子に杓わたす灌仏会
縁側に居座る猫や灌仏会
濡れづめにして夕暮れぬ甘茶仏
ひところのわれをかへりみ啄木忌
▼動物
長靴の左右に倒れ猫の恋
トランプを一枚めくり猫の恋
星の下猫の恋また人の恋
亀鳴くを聞きたくて長生きをせり
つぎの世は亀よりも蛇鳴かせたし
こきりこや蝌蚪の踊れる水のなか
この蝌蚪の黒きかたまりいつ現れし
蝌蚪散って天日のみの残りたる
柱時計音をひきずり夜の蛙
遠蛙田の面は翳り濃くしたる
そのままでよろしからむと蛙鳴く
鶯や赤土色の崖を過ぎ
うぐひすと思ひしときはもう鳴かず
うぐひすや温みののこる昼の飯
うぐひすや雑木林もいつか失せ
やうやくに近づいてきし初音かな
鶯の満足の声昼闌ける
うぐひすや朝の素早き身拵へ
ぶつつけ本番雉子は一声叫びたる
子をあやす言葉つたなし夕燕
母生れし家を自在やつばくらめ
眩しければ燕も来ずよ石廊崎
燕来る山の空気の切れ味に
つばくらや幟下せし金丸座
一湾を退く潮や初燕
燕に真青な空つづきけり
初燕飛び立つまでの縁かな
雁帰る浜の藻屑は黒きまま
残り鴨水を出てすぐ日向あり
鳥帰る海峡の灯をあまた見て
囀りに応えて朝の水の張り
囀りのたちまち社とりかこむ
囀りのなか裏声の九官鳥
囀りや大樹の昏きところより
俎板のまっさらにして桜鯛
わかさぎを薄味に煮て暮色くる
瓦礫を飛ぶ初蝶どこまでも瓦礫
初蝶にとらへどころのなき日射
白き椅子に一度は止まりたき初蝶
緑蔭を出でて白蝶おちつかず
明暗の際とぶ蝶を見失う
白蝶のおびただしきに囲まるる
蜂死ねりうねりにうねる海の碧
足垂らす蜂と親しき時しばし
渡舟まで荷についてゆく山の虻
▼植物
梅林を額明るく過ぎゆけり
白梅に穹ゆくひびきうすれつつ
梅一輪こぼせし風が眉にくる
足にもつれる犬の幸福 梅林
梅林を音通りぬけ地鎮祭
母の魂梅に遊んで夜は還る
梅が香や母の常着は闇に垂れ
尼寺をとりまく梅の咲くちから
白紐の手よりほどけて梅の昼
梅咲くや飛白模様のシネマ見て
白梅をひとの過ぎゆく温みかな
「休み」とも書かずに休む梅の茶屋
梅の香にゴッホの絵などちょっと無理
梅林顔にまっすぐ日のあたる
紅梅の隙間からくる悪寒かな
仏壇にひるのともしび紅椿
日おもての椿太鼓の音奔る
眼に見えぬ糸の張られて白椿
墓山のむこうに暮れる椿山
海鳴りは夜の音となり椿山
海鳴りの闇に椿が蕊を張る
井戸蓋に落ちしばかりの紅椿
白張りて法然院の貴椿
あはやとはいま紅椿落つるさま
海流に日の強く照る藪椿
紅椿濤音も夜に入りゆけり
糸ざくら背山の冷えの及びたる
朝翳の重なりあふも紅枝垂
さくら咲く日々にて何かもの足らず
見馴れたるさくらなれども寄りて見る
ひとごこちつけばさくらがまつさかり
ごはんつぶよく噛んでゐて桜咲く
絵本の中きっと途中で桜咲く
桜咲きそめしそこらの日昏れかな
ゆきずりのここにも咲いてゐる桜
部屋の隅さくら明りの朝を得し
一心に生きてさくらのころとなる
朝ざくら風音は天過ぎゆくも
日の桜呆けて居りぬ人もまた
晩年の思ひとはこれ夕ざくら
夕ざくらやさしきものはやはらかし
閉まりたる戸の奥に音夕ざくら
あれは何時の思ひ出なりし夕桜
花の道母のぬくき手執りゆくも
母とゆく花のほそ道湿りけり
花の日々われにかかはりなく過ぎぬ
ふたりづつふたりづつ花の中に入る
花の中みなおろかなる顔となる
もの食いては皿洗うなり花の夕
花びらを少し吹き入れ日の格子
母ねむり葛湯さめゆく花の昼
薄紙につつむ花びら最晩年
遠山へ喪服を垂らす花の昼
花びらのときに入りこむ蒲団部屋
花びらの階段に散り昼の客
花咲いてのちをしばらく昏らく居り
名水の見えて降りゆく花の崖
笛の音に花の散りたるひとしきり
水流れては時流れ花の昼
常緑の一樹のほかはみんな花
念仏のたゆたひてゐる花の中
青空や花は咲くことのみ思ひ
花の窓へ宿の廊下のゆきどまり
いつになく人訪ふこころ花の昼
大阪の花の中なる遠忌かな
料亭の手摺の艶も花のころ
突風や花噴きあがる花の中
いっせいに花咲き音なしの構へ
はなびらのいま花屑となる途中
朝よりの花びら浮かべ池の水
花のなか太き一樹は山ざくら
八重桜夕日溶けては紅流す
茣蓙の上にひとの娯しみ八重桜
鶏の胸張って昼どき八重桜
土を掘るにぶき音せり八重桜
道すでに深山に入りぬ遅桜
さくら散り水に遊べる指五本
平行棒への一心 さくら吹雪のなか
剥製の雉子に玻璃越し花吹雪
水音で充たす一日さくら散る
落花のなかことに激しき落花あり
花筏となるまでの花たゆたへる
何といふことのなき日のさくら散る
池水に流るるとなく落花蜜
花筏草陰にすぐ滞る
鉄鉢や施米にまじるさくら蘂
塵としてややうづたかき桜蘂
沈丁に夕べのあをさまさりくる
藤の花ほつりと夫を待つ日暮
藤の下犬無雑作に通りけり
藤房の色より来たる夕べかな
馬の鼻ふくらむ 桃の風ふけば
あけぼのの木の芽しづかに雫せり
松の芯バケツの水のまだ揺れて
杉花粉僧の行手の山に降る
杉花粉日輪うすく過ぎゆくも
春落葉山の湿りになじみつつ
菜種咲けばしばらく菜種色の川
翔つ鳥の腹やわらかく花菜畑
透き水のさざめき通る山葵沢
鴉さわぐ朝のわさび田伊豆山中
みちびかれ道は菫の野へつづく
すかんぽの一本を折り山の雨
蕨より高きものなし名無し山
伊吹嶺の昏れつつありぬ蕨飯
芹の水に小銭を落す婆の昼
山翳や村に入りゆく芹の水
蓬摘む波音遠し小松原
蓬摘む一円光のなかにいて
帯馴らす後手茅花あかりかな
日あたりてひじき採りたるあとの岩
以上
桂信子の季題別全句集を読んで佳句を愉しもう。
先ずは「春」編
▼時候
擂粉木のどこやらにある春の家
雑草に春の気配の風かこれ
傾ぎし家どうにか春となりゐたり
春の航波の綺羅よりはじまりぬ
どこからか春はくるなり目つむれば
はるの地震いまさらどうなるものでなし
まさに春孔雀の羽根の拡げやう
九十の春いまだ読みたき書のあり
九十の春いまだ行きたきところあり
九十の春いまだ知りたきことのあり
ときどきは音立てなほす春の滝
ふてぶてしく春の金魚となりゆける
浮き出でて顔の大きく春の鯉
汚れゐる本のカバーも二月かな
松の根のあらはに二月過ぎにけり
かはらけの宙とんでゆく二月かな
大正昭和二月の雪は深かりし
しろがねの太刀欲し二月ともなれば
旧正の白波に佇つまひるかな
立春の積木の家を指くぐり
春立つ日シャボンの泡の中に居り
春来るや身の底を海とどろけり
春立つや音たてて矢を放つ風
あけぼのの色そのままに春きたる
音頭とるつもりなけれど「春がきた」
浅春や闇へひろがる松の枝
春寒や昨日からある雲丹の瓶
春めきてきしか何やらむずかゆし
遠山に日ざし衰ふ二月尽
目の端に水が光っていて二月
三月の下駄箱暗き小学校
三月は曲りくねりし松の枝
燻れる生木三月終りたり
きさらぎの水のひびきを夜も昼も
如月の鯉を一刀両断す
きさらぎのいづれの星となりたまふ
きさらぎの夢のつづきのきれぎれに
啓蟄や曇り硝子に灯のともり
啓蟄や音なく濡るる庭の樹々
紙屑を焚けば彼岸の炎色立つ
川舟の舳先の揃ふ彼岸寒
宿の畳にべったり坐る四月かな
四月逝く柱鏡に空映り
さざなみの滋賀に弥生のひと日かな
清明や砂搔きつづく放ち鶏
春日向鉋次第に早くなる
春の昼匙落ちてよき音たつる
食堂に松風通る春の昼
春昼を動きづめなる鶏冠の朱
白湯たぎる音となりつつ春の昼
鮨くうて皿の残れる春の暮
蜜なめて黒瞳かがやく春の暮
地に添うて鶏の一日春の暮
春暮とも知らず水槽の眼なし魚
山の音こだまにかえる春の暮
相模野の春暮になじむとりけもの
窓を出てショパンの高貴春の暮
水道管地中に岐れ春の暮
立つ波の白き尖りも春の暮
擂粉木の音のなかなる春の暮
如雨露より水のやさしさ春の暮
遠く来て名もなき川の春の暮
永き日の「羽衣」を舞ひをさめける
永き日の鼓きこゆる廊流し
花冷えの夜は眼をひらく陶器の魚
密封の壺の重さよ木の芽風
木の芽風漆黒の膳拭き清め
穀雨とて燈明の芯かきたつる
水の面を影の過ぎゆく穀雨かな
春ふかく芋金色に煮上りぬ
畳より立つ影八十八夜なる
紺暖簾奥の八十八夜かな
人の葬暮春の水を汲むばかり
大海亀の涙を憶ふ暮春かな
護摩の火の燃えさかる間も春逝ける
逝く春の林のなかの水たまり
逝く春を惜しむ間もなくあれやこれ
逝く春をおくる心の綾さまざま
門内の大きな壺と春惜しむ
ぼんやりとしてゐていつか夏近し
▼天文
春月や川面に何の水煙
おぼろより仏のりだす山の寺
村々や朧のなかに鳥睦み
夜陰よりおぼろに入りし松の幹
艫音して寄りくる舟も朧かな
朧より立ち上りくるものの影
どこまでも橋伸びてゆく夜の朧
舟べりに鱗の乾く涅槃西風
春疾風帆船硝子瓶のなか
倦める身に春雨絶えず幹つたふ
春雨来て病廊せばむ配膳車
菜種梅雨念仏の膝つめあわせ
菜種梅雨灯明の輪を幾重にも
レコードのかすれしダミア春の雪
音のなき越後や湖に春の雪
夜の町は紺しぼりつつ牡丹雪
灯は水にまたたきはじめ牡丹雪
牡丹雪まばらに人の顔の見ゆ
鮨にぎる手がガラス越し春霰
母へ濁す言葉の端よ別れ霜
手を触れて鳥のぬくみの夕霞
白粥に霞みし山河ひろがれる
洛中の霞める日々を稽古笛
ことごとく雑木山なり霞みけり
行平にただよふ飯や昼霞
立山のあるべきあたり朝霞
花ぐもり庖丁きれぬままつかふ
さきがけてわが部屋灯す春夕焼
▼地理
春の山短かき柵をめぐらせり
水一筋末黒となりし野を流る
春水のきらめくに似て過ぎし日は
くるぶしの際ぬけてゆく春の水
おもむろに首のべし鹿春の水
春の水美髯の鯉のあらはるる
鶏の羽ちらばっていて水温む
水温むころの思ひ出あまたあり
厨水春川に入る音を立て
眼前の有刺線他は春の湖
春潮の歯並くり出す雲の午後
春潮の幾重も夜に入らむとす
橋裏に光のあそぶ苗代寒
残雪の裏山見えて古時計
身にひびく音ことごとく雪解音
光りあつめる一本の杭雪解川
街道の昼絶え間なき雪雫
舞殿を雪解雫の囲みけり
薄氷の真下の水に鰭の紅
薄氷の池をまぶしみ奈良茶漬
薄氷に遠く日あたる林あり
薄氷をのせたる水の動きけり
▼生活
塗椀の重くて母の木の芽和え
日を浴びる雀を屋根に蜆汁
日当るやうぐひす餅の粉膝に
雨はじく傘過ぎゆけり草餅屋
草餅のだんだん重くなってきし
すぐ横に看板のある桜餅
湯呑置く粗拭きの盆桜餅
桜餅何もなき山眺めけり
さくら餅仏間を通りぬけにけり
雛菓子にすこし日あたる母の留守
雛菓子の紅毎年のことながら
鉄燭の春の灯となりゐたり
鹿の首壁より出でて春暖炉
竈の火片側にうけ種袋
野遊びの着物の湿り老夫婦
学校の裏の道ゆく蕨狩り
見えかくれしてそれぞれに梅を見る
梅見頃花よりもまづ坐らねば
夜桜や影の大きな人往き来
誰彼のわが前よぎる花篝
行くひとの背を照らしゐる花篝
中空にとどまる凧も夕陽浴ぶ
凧糸の白きひとすじ身より出て
まつしろな猫に睨まれ春の風邪
春愁の夕べを帰る手の汚れ
春愁もなし梳く髪のみじかければ
春愁や着馴れし服の匂ひにも
暗幕の裏の緋色や入学期
▼行事
竈よりとり出す烈火一の午
初午や白波つづく裏社
初午や結び疲れの赤い紐
初午や灰かぶりゐる道の草
戦後脛長き少女の雛祭
雛まつる壁裏昼の物音す
雛の日の日向かたよる石畳
雛の灯を消して仏間と闇かよう
雛壇に半日おかれ母の眼鏡
卓袱台をもたせし壁や雛の日
崖降りるひと見えてゐる雛の日
大方は雛人形の箱と見し
雛の眼にただ亀甲の松の肌
いっかうに変り映えせぬ雛の膳
整へるものの哀しみ雛の眼
炎上せし雛の叫び暁の雨
雛の顔夢のなかなる炎かな
晩成の成はいつごろ万愚節
涅槃像拝む閾の艶またぎ
涅槃図の象の歎きは首のべて
涅槃図の裏側をゆく人の声
開帳や泥のつきたるままの靴
足どりのおなじ遍路の前うしろ
傍らの子に杓わたす灌仏会
縁側に居座る猫や灌仏会
濡れづめにして夕暮れぬ甘茶仏
ひところのわれをかへりみ啄木忌
▼動物
長靴の左右に倒れ猫の恋
トランプを一枚めくり猫の恋
星の下猫の恋また人の恋
亀鳴くを聞きたくて長生きをせり
つぎの世は亀よりも蛇鳴かせたし
こきりこや蝌蚪の踊れる水のなか
この蝌蚪の黒きかたまりいつ現れし
蝌蚪散って天日のみの残りたる
柱時計音をひきずり夜の蛙
遠蛙田の面は翳り濃くしたる
そのままでよろしからむと蛙鳴く
鶯や赤土色の崖を過ぎ
うぐひすと思ひしときはもう鳴かず
うぐひすや温みののこる昼の飯
うぐひすや雑木林もいつか失せ
やうやくに近づいてきし初音かな
鶯の満足の声昼闌ける
うぐひすや朝の素早き身拵へ
ぶつつけ本番雉子は一声叫びたる
子をあやす言葉つたなし夕燕
母生れし家を自在やつばくらめ
眩しければ燕も来ずよ石廊崎
燕来る山の空気の切れ味に
つばくらや幟下せし金丸座
一湾を退く潮や初燕
燕に真青な空つづきけり
初燕飛び立つまでの縁かな
雁帰る浜の藻屑は黒きまま
残り鴨水を出てすぐ日向あり
鳥帰る海峡の灯をあまた見て
囀りに応えて朝の水の張り
囀りのたちまち社とりかこむ
囀りのなか裏声の九官鳥
囀りや大樹の昏きところより
俎板のまっさらにして桜鯛
わかさぎを薄味に煮て暮色くる
瓦礫を飛ぶ初蝶どこまでも瓦礫
初蝶にとらへどころのなき日射
白き椅子に一度は止まりたき初蝶
緑蔭を出でて白蝶おちつかず
明暗の際とぶ蝶を見失う
白蝶のおびただしきに囲まるる
蜂死ねりうねりにうねる海の碧
足垂らす蜂と親しき時しばし
渡舟まで荷についてゆく山の虻
▼植物
梅林を額明るく過ぎゆけり
白梅に穹ゆくひびきうすれつつ
梅一輪こぼせし風が眉にくる
足にもつれる犬の幸福 梅林
梅林を音通りぬけ地鎮祭
母の魂梅に遊んで夜は還る
梅が香や母の常着は闇に垂れ
尼寺をとりまく梅の咲くちから
白紐の手よりほどけて梅の昼
梅咲くや飛白模様のシネマ見て
白梅をひとの過ぎゆく温みかな
「休み」とも書かずに休む梅の茶屋
梅の香にゴッホの絵などちょっと無理
梅林顔にまっすぐ日のあたる
紅梅の隙間からくる悪寒かな
仏壇にひるのともしび紅椿
日おもての椿太鼓の音奔る
眼に見えぬ糸の張られて白椿
墓山のむこうに暮れる椿山
海鳴りは夜の音となり椿山
海鳴りの闇に椿が蕊を張る
井戸蓋に落ちしばかりの紅椿
白張りて法然院の貴椿
あはやとはいま紅椿落つるさま
海流に日の強く照る藪椿
紅椿濤音も夜に入りゆけり
糸ざくら背山の冷えの及びたる
朝翳の重なりあふも紅枝垂
さくら咲く日々にて何かもの足らず
見馴れたるさくらなれども寄りて見る
ひとごこちつけばさくらがまつさかり
ごはんつぶよく噛んでゐて桜咲く
絵本の中きっと途中で桜咲く
桜咲きそめしそこらの日昏れかな
ゆきずりのここにも咲いてゐる桜
部屋の隅さくら明りの朝を得し
一心に生きてさくらのころとなる
朝ざくら風音は天過ぎゆくも
日の桜呆けて居りぬ人もまた
晩年の思ひとはこれ夕ざくら
夕ざくらやさしきものはやはらかし
閉まりたる戸の奥に音夕ざくら
あれは何時の思ひ出なりし夕桜
花の道母のぬくき手執りゆくも
母とゆく花のほそ道湿りけり
花の日々われにかかはりなく過ぎぬ
ふたりづつふたりづつ花の中に入る
花の中みなおろかなる顔となる
もの食いては皿洗うなり花の夕
花びらを少し吹き入れ日の格子
母ねむり葛湯さめゆく花の昼
薄紙につつむ花びら最晩年
遠山へ喪服を垂らす花の昼
花びらのときに入りこむ蒲団部屋
花びらの階段に散り昼の客
花咲いてのちをしばらく昏らく居り
名水の見えて降りゆく花の崖
笛の音に花の散りたるひとしきり
水流れては時流れ花の昼
常緑の一樹のほかはみんな花
念仏のたゆたひてゐる花の中
青空や花は咲くことのみ思ひ
花の窓へ宿の廊下のゆきどまり
いつになく人訪ふこころ花の昼
大阪の花の中なる遠忌かな
料亭の手摺の艶も花のころ
突風や花噴きあがる花の中
いっせいに花咲き音なしの構へ
はなびらのいま花屑となる途中
朝よりの花びら浮かべ池の水
花のなか太き一樹は山ざくら
八重桜夕日溶けては紅流す
茣蓙の上にひとの娯しみ八重桜
鶏の胸張って昼どき八重桜
土を掘るにぶき音せり八重桜
道すでに深山に入りぬ遅桜
さくら散り水に遊べる指五本
平行棒への一心 さくら吹雪のなか
剥製の雉子に玻璃越し花吹雪
水音で充たす一日さくら散る
落花のなかことに激しき落花あり
花筏となるまでの花たゆたへる
何といふことのなき日のさくら散る
池水に流るるとなく落花蜜
花筏草陰にすぐ滞る
鉄鉢や施米にまじるさくら蘂
塵としてややうづたかき桜蘂
沈丁に夕べのあをさまさりくる
藤の花ほつりと夫を待つ日暮
藤の下犬無雑作に通りけり
藤房の色より来たる夕べかな
馬の鼻ふくらむ 桃の風ふけば
あけぼのの木の芽しづかに雫せり
松の芯バケツの水のまだ揺れて
杉花粉僧の行手の山に降る
杉花粉日輪うすく過ぎゆくも
春落葉山の湿りになじみつつ
菜種咲けばしばらく菜種色の川
翔つ鳥の腹やわらかく花菜畑
透き水のさざめき通る山葵沢
鴉さわぐ朝のわさび田伊豆山中
みちびかれ道は菫の野へつづく
すかんぽの一本を折り山の雨
蕨より高きものなし名無し山
伊吹嶺の昏れつつありぬ蕨飯
芹の水に小銭を落す婆の昼
山翳や村に入りゆく芹の水
蓬摘む波音遠し小松原
蓬摘む一円光のなかにいて
帯馴らす後手茅花あかりかな
日あたりてひじき採りたるあとの岩
以上
by 575fudemakase
| 2014-10-06 15:30
| 句集評など

俳句の四方山話 季語の例句 句集評など
by 575fudemakase
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▽ある季語の例句を調べる▽
《方法1》 残暑 の例句を調べる
先ず、右欄の「カテゴリ」の「秋の季語」をクリックし、表示する。
表示された一番下の 「▽ このカテゴリの記事をすべて表示」をクリック、
全部を表示下さい。(全表示に多少時間がかかります)
次いで、表示された内容につき、「ページ内検索」を行ないます。
(「ページ内検索」は最上部右のいくつかのアイコンの内から虫眼鏡マークを探し出して下さい)
探し出せたら、「残暑」と入力します。「残暑 の俳句」が見つかったら、そこをクリックすれば
例句が表示されます。
尚、スマホ等でこれを行なうには、全ての操作の前に、最上部右のアイコンをクリックし
「pc版サイトを見る」にチェック印を入れ実行下さい。
《方法2》以下はこのサイトから全く離れて、グーグル又は ヤフーの検索サイトから
調べる方法です。
グーグル(Google)又は ヤフー(Yahoo)の検索ボックスに見出し季語を入力し、
その例句を検索することができます。(大方はこれで調べられますが、駄目な場合は上記、《方法1》を採用ください)
例1 残暑 の例句を調べる
検索ボックスに 「残暑の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「残暑 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【残暑】残る暑さ 秋暑し 秋暑 【】=見出し季語
例2 盆唄 の例句を調べる
検索ボックスに 「踊の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「踊 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【踊】踊子 踊浴衣 踊笠 念仏踊 阿波踊 踊唄 盆唄 盆踊 エイサー 【】=見出し季語
以上 当システムを使いこなすには、見出し季語をシッカリ認識している必要があります。
《方法1》 残暑 の例句を調べる
先ず、右欄の「カテゴリ」の「秋の季語」をクリックし、表示する。
表示された一番下の 「▽ このカテゴリの記事をすべて表示」をクリック、
全部を表示下さい。(全表示に多少時間がかかります)
次いで、表示された内容につき、「ページ内検索」を行ないます。
(「ページ内検索」は最上部右のいくつかのアイコンの内から虫眼鏡マークを探し出して下さい)
探し出せたら、「残暑」と入力します。「残暑 の俳句」が見つかったら、そこをクリックすれば
例句が表示されます。
尚、スマホ等でこれを行なうには、全ての操作の前に、最上部右のアイコンをクリックし
「pc版サイトを見る」にチェック印を入れ実行下さい。
《方法2》以下はこのサイトから全く離れて、グーグル又は ヤフーの検索サイトから
調べる方法です。
グーグル(Google)又は ヤフー(Yahoo)の検索ボックスに見出し季語を入力し、
その例句を検索することができます。(大方はこれで調べられますが、駄目な場合は上記、《方法1》を採用ください)
例1 残暑 の例句を調べる
検索ボックスに 「残暑の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「残暑 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【残暑】残る暑さ 秋暑し 秋暑 【】=見出し季語
例2 盆唄 の例句を調べる
検索ボックスに 「踊の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「踊 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【踊】踊子 踊浴衣 踊笠 念仏踊 阿波踊 踊唄 盆唄 盆踊 エイサー 【】=見出し季語
以上 当システムを使いこなすには、見出し季語をシッカリ認識している必要があります。
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