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大豆  戦国時代の軍事食から新大陸へ

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大豆  戦国時代の軍事食から新大陸へ
中国原産の大豆から生まれた味噌は、徳川家康と三河の赤味噌、武田信玄と信州味噌、伊達政宗と仙台味噌など、戦国時代に栄養豊富な保存食として飛躍的に発展を遂げていく

◾️大豆は醤油の豆◾️
大豆は英語でソイビーンと言う。ソイと言うのは醤油のことである。つまりソイビーンは醤油を作る豆と言う意味なのである。大豆は中国原産の作物である。中国からアジア各地に伝えられた大豆は、日本には縄文時代以前に伝えられたと考えられており、古くから食べられてきた。そして奈良時代以降に醤油や味噌などの大豆の加工技術が中国から伝えられると、日本の食事をなす基本的な作物の1つとなっていたのである。このように大豆は長い間アジアを中心に栽培されてきた作物である。しかし、現在では大豆は世界中で栽培されている。世界で最も栽培されている作物は、とうもろこしである。次いで小麦、イネの生産量が多い。そのため、とうもろこし、小麦、稲は世界3大穀物と呼ばれている。そして4番目に作られている作物がじゃがいもであり、5番目に作られている作物が大豆なのである。大豆の生産量が世界で最も多い国はアメリカであり、次いで2位がブラジルである。今や大豆はアメリカ大陸で世界の85%以上が生産されている。とうもろこしやジャガイモ、トマトなどアメリカ大陸を原産地として世界中で栽培されている作物は多いが、中国原産の大豆は逆にアメリカ大陸に伝えられて、現在では盛んに栽培されているのである。中国で栽培されていた大豆はどのようにして世界へと広まっていったのだろうか?
◾️中国4000年の文明を支えた植物◾️
世界の古代文明の発祥は、主要な作物と関係している。メソポタミア文明、エジプト文明には大麦や小麦などの麦類がある。またインダス文明には麦類と稲がある。長江文明には稲があり、そして黄河文明には大豆がある。アメリカ大陸に目を向けると、アステカ文明やマヤ文明のあった中米はとうもろこしの起源地であり、インカ文明のあった南米アンデスはじゃがいもの起源地である。しかし今日ではこれらの文明は多くが滅び、現在でも同じ位置に残るのは中国文明のみである。中国では北部の黄河流域には大豆やアワを中心とした畑作が発達し、南部の長江流域にはイネを中心とした水田作が発達した。農耕を行い農作物を収穫すると、作物が吸収した土の中の養分は外へ持ち出されることになる。そのため、作物を栽培し続けると土地は痩せていってしまうのだ。また、特定の作物を連続して栽培すると、ミネラルのバランスが崩れて植物が出す有害物質によって食物が育ちにくい土壌環境になる。こうして早くから農耕が始まった地域では、土地が砂漠化して文明もまた滅びゆく運命にある。しかし、中国の農耕を支えたイネと大豆は、自然破壊の少ない作物である。イネは水田で栽培すれば、山の上流から流れてきた水によって栄養分が補給される。また余分なミネラルや有害な物質は水によって洗い流されるため、連作障害を起こすことなく同じ田んぼで毎年稲作を行うことができるのである。また大豆はマメ科の植物であるが、マメ科の植物はバクテリアとの共生によって空気中の窒素を取り込むことができる特殊な能力を有している。そのため、窒素分のない痩せた土地でも栽培することができ、他の作物を栽培した後の畑で栽培すれば、地力を回復させ、痩せた土地を豊かにすることも可能なのである。
◾️雑草から作られた作物◾️
大豆の祖先(原種)はツルマメと呼ばれる植物である。どのようにしてつる植物から直立する作物が作り上げられたのだろうか?残念ながらこの理由は明らかではない。
◾️畑の肉と呼ばれる理由◾️
日本人の主食であるご飯には味噌汁がよく合う。ご飯と味噌汁の組み合わせは和食の基本である。これには理由がある。味噌の原料は大豆である。実は米と大豆とは栄養学的に相性が良いのである。日本人の主食である米は炭水化物を豊富に含む栄養バランスに優れた食品である。一方大豆は「畑の肉」と言われるほどタンパク質や脂質を豊富に含んでいる。そのため、米と大豆を組み合わせると3大栄養素である炭水化物とタンパク質と脂質がバランスよく揃うのである。
◾️米と大豆は名コンビ◾️
このように炭水化物を多く含むイネと、タンパク質を多く含む大豆との組み合わせは、栄養バランスが良い。それだけではない。様々な栄養素を持ち完全栄養食と言われる米であるが、唯一、アミノ酸のリジンが少ない。このリジンを豊富に含んでいるのが大豆なのである。一方で大豆にはアミノ酸のメチオニンが少ないが、米にはメチオニンが豊富に含まれている。そのため、米と大豆を組み合わせることによってすべての栄養分が揃うことになるのである。そういえば、昔から食べられてきたものには、米と大豆の組み合わせが多い。味噌は大豆から作られる。すでに紹介したように、和食の基本であるご飯と味噌汁は米と大豆の組み合わせである。納豆も大豆から作られる。ご飯と納豆も相性はバッチリだろう。また、大豆から作られるものにはきなこや醤油、豆腐などがある。きなこと言えば、きなこ餅だろうし、醤油は、米から作られるせんべいによく合う。また、米から作られる日本酒には、冷奴や湯豆腐がよく合う。さらには酢飯と油揚げのいなり寿司も、米と大豆が材料となる。私たち日本人が昔から親しんできた料理には、米と大豆の組み合わせが多いのである。
◾️戦争が作り上げた食品◾️
戦争と言うのは、多くの技術を生み出す原動力となる。例えばインターネットやGPSも、もともとは軍事目的で開発されたものが実は利用されているものである。戦争で重要なのは、兵器ばかりでは無い。戦うのは人間だから、人間の食料が必要になるのである。例えば10,000人の兵士がいるとすれば毎日10,000人分の食事が必要になる。そのため、様々な食品が軍事用に作られた。例えば保存が効くレトルト食品やフリーズドライ食品なども、もともとは軍事目的で開発された技術を基礎としている。歴史を遡れば、日本の戦国時代にも画期的な戦陣食が作られた。それがミソである。味噌は、もともと飛鳥時代に中国から日本に製法が伝えられたとされている。この味噌が戦国時代に飛躍的に発展を遂げるのである。今では味噌と言えば、調味料の1つに過ぎないが、戦国時代の武士にとって味噌はとても重要なものであった。発酵食品である味噌は保存が効く食品だ。しかも、干したり焼いたりして味噌玉にすれば簡単に携帯することができる。そしてお湯にとけば、簡単に味噌汁にすることができるし、さらに野草を摘んで具すれば、栄養を補給することができたのである。中には味噌玉と一緒に干し菜を入れて、押し固めた現在のインスタント味噌汁のようなものもあったと言う。味噌は戦陣食として、なくてはならないものだったのである。
◾️家康が愛した赤味噌◾️
三河地域は、水の便が悪い台地状の地形が多く、水田を拓くことができなかった。さらに土地が痩せているため、作物の栽培が困難な地域が多かった。そのため痩せた土地でも育つ大豆などが盛んに栽培されたのである。そしてこの大豆のみを使った豆味噌が作られ続けたのである。
◾️武田信玄が育てた信州味噌◾️
武田信玄が考案したものは「陣立味噌」と呼ばれている。陣立味噌は豆を煮てすりつぶし、麹を加えて丸めたものである。こうしておくと、行軍をしている間に発酵が進み、味噌として食べることができるのである。この陣立味噌は非常に実用的なので、戦国時代には多くの武将が用いていた。いかにも実利主義者らしい信玄の考案である。さらに、味噌は塩分をとる上でも都合の良い食品である。信玄が支配する甲斐や信濃は海がないため、塩の備蓄が必要となる。味噌はこの塩分の備蓄と言う点で重要であったのである。
◾️伊達政宗と仙台味噌◾️
政宗は軍事用の保存食として味噌を重視した。そして仙台城下に、「御塩噌蔵」と呼ばれる味噌醸造場を設け、大規模に味噌を製造したのである。この「御塩噌蔵」は日本初の味噌工場と言われている。仙台味噌が有名になったのは、秀吉の朝鮮出兵である。夏場の長期戦で他の武将の味噌は変質してしまったが、伊達政宗が持参した味噌は腐敗しなかったという。そして政宗はこの味噌を他の武将にも分け与えたため政宗味噌は一気に名声を得た。そして政宗の持参した味噌は「仙台味噌」と呼ばれるようになったのである。
◾️ペリーが持ち帰った大豆◾️
大豆は英語でソイビーンと言う。これは「醤油を作る豆」と言う意味である。大豆は味噌だけでなく醤油の原料でもある。江戸時代の安政年間に、薩摩地方(現在の鹿児島県)からヨーロッパに向けて醤油が輸出された。このときの醤油を意味する薩摩弁の「ソイ」が、ソイビーンの由来と言われている。やがて、アメリカ大陸にも伝えられた。中国から伝えられたも言われているが、日本を訪れたペリー率いる東インド艦隊が大豆を持ち帰ったという記録もある。しかし東アジアから欧米に伝わった大豆が世界で作られる事はなかった。大豆は、そのままで食べる食習慣はあまりない。大豆は、豆腐や納豆、味噌などの発酵食品として食べるのがほとんどである。それが一変したのは、1929年の世界恐慌の頃である。世界恐慌によって油の需要は低下し、とうもろこしの油は供給過剰によって価格が暴落してしまったのである。その一方、安価な大豆の油は少しずつ需要が拡大していった。さらに、とうもろこしの供給過剰を抑えるために生産調整が行われる中で、とうもろこしの畑には規制のない大豆が植えられていったのである。その後、1930年代には干ばつが続き、とうもろこしは大打撃を受けたが痩せ地に育つ大豆はその影響が少なかった。こうして東アジアの作物であった大豆は、アメリカ全土に植えられていったのである。今やアメリカは世界最大の大豆生産国である。そしてアメリカとカナダを合わせると世界の生産量の半分の大豆が北米地域で生産されている。ただし、アメリカでは大豆は食用にはせず、ほとんどが家畜の餌として利用されている。
◾️裏庭の作物◾️
南北戦争の奴隷解放により、アメリカ大陸では労働力が不足した。その労働力を補うために日本から多くの人々がアメリカ大陸へ移住したのである。日本人はさとうきび栽培の労働者としてハワイへ移民した。しかし、第二次世界大戦前に日本とアメリカとの関係が悪化する中で、北米ではなく南米の移民が増加していくのである。移民たちは祖国から大豆を持ち込み、裏庭で大豆を育てては自家製の味噌や醤油を作っていたのである。1960年代になると南米諸国で大豆の栽培が本格的に行われて行く。これには日系移民の努力があった。そして日本の裏側の南米で大豆畑が拡大していったのである。今やブラジル、アルゼンチン、パラグアイなどの南米諸国は大豆の生産大国である。そして「日本人の裏庭の作物が奇跡を生んだ」と評されている。


稲垣栄洋 世界史を変えた植物  PHP文庫より引用させて頂いた

大豆 の俳句


大豆 の例句(←ここをクリック)
http://fudemaka57.exblog.jp/22833312/


大豆 補遺

パン運ぶ蟻大豆干すわれ等 飴山實 おりいぶ
塗畦の光るに大豆埋めてゆく 篠原梵 年々去来の花 雨
墓を発ちづめの亡父ら大豆白し 永田耕衣
大豆干す良寛さまの墓前道 上田五千石 天路
大豆稲架大峰山の見ゆる田に 右城暮石 天水
奥能登や打てばとびちる新大豆 飴山實 少長集
婆叩きなどの語ありや大豆打ち 弟子 星野麥丘人
嬉しさや大豆小豆の庭の秋 村上鬼城
山晴もはかなくなりぬ大豆引 上田五千石 天路
旧盆も過ぎたる大豆畑かな 石塚友二 玉縄以後
森の端に陽を延べ老婆大豆打つ 佐藤鬼房
海は紺碧門前の大豆はじけをり 村山故郷
海女が打ち渚にしづむ新大豆 飴山實 辛酉小雪
炮烙の大豆にも逢はず秋暮れぬ 正岡子規 秋の暮
蚊遣火や大豆いくばく持たせかえす 古沢太穂 三十代
霊棚の稲も大豆も色づきて 高野素十

以上

by 575fudemakase | 2022-01-26 08:20 | ブログ


俳句の四方山話 季語の例句 句集評など


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全部を表示下さい。(全表示に多少時間がかかります)
次いで、表示された内容につき、「ページ内検索」を行ないます。
(「ページ内検索」は最上部右のいくつかのアイコンの内から虫眼鏡マークを探し出して下さい)
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例句が表示されます。

尚、スマホ等でこれを行なうには、全ての操作の前に、最上部右のアイコンをクリックし
「pc版サイトを見る」にチェック印を入れ実行下さい。


《方法2》以下はこのサイトから全く離れて、グーグル又は ヤフーの検索サイトから
調べる方法です。
グーグル(Google)又は ヤフー(Yahoo)の検索ボックスに見出し季語を入力し、
その例句を検索することができます。(大方はこれで調べられますが、駄目な場合は上記、《方法1》を採用ください)

例1 残暑 の例句を調べる

検索ボックスに 「残暑の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「残暑 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【残暑】残る暑さ 秋暑し 秋暑 【】=見出し季語

例2 盆唄 の例句を調べる

検索ボックスに 「踊の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「踊 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【踊】踊子 踊浴衣 踊笠 念仏踊 阿波踊 踊唄 盆唄 盆踊 エイサー 【】=見出し季語

以上 当システムを使いこなすには、見出し季語をシッカリ認識している必要があります。

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