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黛執 全句集 を読んで (改訂)

黛執 全句集 を読んで (改訂)
   角川書店 2022・10・21初版
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全句集の全句を読み取る迄に私の脳裡に浮かんだ言葉を集めたら以下の様になった。

してやられたと思う句
一見バカバカしいがバカバカしいで終わらない句
一寸と置いて私を振り向かせる句
さそっておいて突き放す句
語感を愉しませる句
こんな仕掛けがあったんだと思はせる句
一寸無理だがどこか惹かれる句
なーーる程と感心させられる句
迷わせて置いて最終的に採らせる句
ときにはギョッとしたことをお云ひやる。

全部がレトリックで構成されてゐる教科書的俳句群。
作句途上、大いに学ぶもの多々ある。

以下 共鳴句を挙げる

◆第一句集 春野

雨だれといふあかときの春のおと
啄木鳥や霧の中ゆく別の霧
思慕といふ野菊の風のごときもの
米磨いで米磨いで冬きたりけり
懐手こころを決めしときに抜く
北風の夜は椎の木のものがたり
子が泳ぎ切りしプールの碧さかな
さはやかに魚影雲影すれちがふ
公魚をさはに釣りゐてさびしめる
鶴引くをうながす空のうすみどり
貨車憩ひをり新緑に尾を入れて
炎昼の微塵も置かず大伽藍
いつまでも野菊が見えてゐて暮れず
道かへてみても枯野を脱れ得ず
桐一葉下総に水ゆきわたり
きさらぎや僧衣の袂ほころびて
山襖ぐるりと侍る涅槃かな
鳩ぽぽと啼いて朧の夕べくる
青田どこまでも見えどこまでも雨
くちなしの香や尼寺はこのあたり
青柿に降るうたた寝のあとの雨
降る雪に忘れ干菜の二三束
朧かな浅蜊の殻を捨てに出て
野仏に田植の一部始終かな
かはほりに忽と土橋の消えてゐし
登校の子に麦の芽の二三寸
牛の鼻しとどに濡れて霜日和
餅十臼搗いてあけぼの拡げたる
水仙に日のいつまでもある墓域
臼杵に水を吸はせて祭まへ
涼しくて婆の話に付く尾鰭
雁や舐めて尖らす木綿糸
石臼の水にも鳥の帰る空
桃咲くとあなたこなたの井戸の音
蛇出でてより横長の野となりぬ
代掻いてよりの日の暈月の暈
念珠揉む掌もて牡丹を咲かせたる
四月尽猫が柱に爪立てて
大杉の木下がらんと盆の入

◆第二句集 村道

大根を洗ふ暮色に背を入れて
こがらしの夜々を狐の尾がふとる
火の見よりホースが垂れて十二月
山寺にして緋牡丹のこの奢り
霞よりはるけきものへ鐘を打つ
地を蹴って見せてそれきり羽抜鳥
炎天をゆく一塵もまとはずに
高僧にして頬刺を好みけり
きのふよりけふのはろけきげんげかな
年寄の知恵さりげなし鴨足草
九月尽ばさりと枝が下さるる
竹は節木は瘤もちて冬に入る
ひよどりの真一文字に十二月
陽炎の好まぬ畦と好む畦
いづくにて付けし糸くづ西行忌
水べりに羽を忘れて鳥の恋
祭笛吹くや遠嶺に眼をあづけ
伸びきって猫の胴とぶ星月夜
ぽっかりと富士が浮かんで十二月
みだれずに雪降る筬の鳴る夜は
風花や犇めき合つて鯉の胴
八月尽蛇の屍に子が群れて
片側は山影に入る運動会
笑ひだすまへの怺へを櫟山
鳥雲に叩いて伸す婆の腰
あの世見ゆこの世の霞深ければ
幼な子の声タンポポに溜るなり
尼寺の牡丹をとこの眼で犯す
地下道にたまる靴音四月尽
米洗ふ音も八月十五日
古卒塔婆燃やしてをれば鳥渡る
饒舌のあとのごとくに山眠る

◆第三句集 朴ひらくころ

蝉鳴いて近くなる木と遠のく木
鳥雲に揺すりて矯す背の荷物
一湾のマスト揺れ合ふ西日かな
立冬の日当る山を厠より
桐の実に夕日のあそぶ会津口
鉄瓶の蓋もち上げて年行けり

七月八日・安住敦先生逝去 二句
鬼灯市明日に深き夜の闇
ただに汗かいて不肖の弟子なりし

敦先生墓前
墓に水打てば秋風にはかなる

さはやかに吹かれて曲る牛の尿
種ふくべ昭和の果を見てゐたり
冬の水ひっぱって鮒釣られけり
鯉の髭そよいでゐたり仏生会
鮎釣ってゐるふるさとの端っこで
涼しさの大和坐りに観世音
一椀の粥のさみどり法然忌
いわし雲肋あらはに舟朽ちて
理髪燈くるくる雪解はじまりぬ
さへづりや後ろ歩きに下校の子
春深し手の鳴る方へ鯉寄らず
警策の音そのほかは竹落葉
湯が湧いてだあれもいない桃の昼
蛇出たの出ないの禰宜がすけべだの
部屋の名に鯛や平目や明易し
艶聞の一つぐらゐは烏瓜
山の湯の桶よくひびく五月かな
墓洗ふついでの恨らみつらみかな
がまずみの実に底ぬけの山の晴
煤逃げの隣村まで来てをりぬ
使はずの井戸に屋根ある春の月
筍を呉るるに有無を言はさざる
ひたすらにそよいでゐたり余り苗
炉話に割り込んでゐる当鉢
野梅咲く轍いづれも水溜めて
薪割の薪よく跳んで梅日和
蛇穴に入る山風にうながされ
山に雪赤べこの首振りやまず

田を植うる三人増えも減りもせず
茶摘唄雨を降らしてしまひけり
田草取ほとほと己が顔に倦み
夕風を添へて鬼灯売られけり
仏飯に湯気のひとすぢ今朝の秋
馬の尾の一振りに秋澄みにけり

西馬音内盆踊
田の端に月忘らるる踊かな
亡者踊抱かれて眠る亡者あり

月上る辛夷に囃し立てられて
好きな方向いて魚釣る朝ぐもり
浜砂で磨く鍋釜みなみかぜ
ところてん松の根っこが足もとに
学校の蛇口一列雲の峰
田仕舞のどこもかしこも焦げくさし

◆第四句集 野面積

日脚伸ぶ木地師の膝の木っ端屑
寒搗の声のいきなり上がりけり
目礼のはて誰だっけ暖かし
てふてふの散らかしてゐる日向かな
咲き満ちて困ったやうな花の村
海見えてきし遠足の乱れかな
雨雲の置いてゆきたる朴の花
はるかより和讚の声や田水沸く
露けさの鶏がよく鳴く日なりけり
深川の飯屋にをりぬ雨の月
雪片を誘ひ出したる吉書揚
牧柵に仔牛の和毛日脚伸ぶ
梅ひらく朝から魚版よく鳴って
野梅咲く燻るものをかたはらに
雅びより鄙びを切に嵯峨念仏
夕風のあとをきらきら金魚売
心経に段落あらず蝉しぐれ
新涼や月の出際を鯉跳ねて
震災忌下駄箱に日の差してをり
映るもの余さず映し湖澄める
ひたぶるに波寄せてゐる無月かな
おんころころ薬師の森の木の実かな
木の実独楽手向けむわらべ地蔵には
足元に鯉寄ってくるそぞろ寒
霜晴の畦をんどりの高歩き
ひよどりのいちにち騒ぐ七五三
狐こんこんいつまでも寝ない子に
寒柝の次の一打の遥かなる
鵜をひとつ載せて遅日の波がしら
ふりだしに戻ってをりぬ蜷の道
伸び切るといふ寧けさに蛇死せり
山を褒め川を称へて夏料理
堂上の念仏堂下の蟻地獄
まっしろなごはん八月十五日
電線に飽きてつばくろ帰りけり
何見るとなく見まはして秋の暮
ふかぶかと轍を容れて川涸るる
老人の目尻が濡れて十二月
寒鯉の口うかみでて何かいふ
春立つや水口に鯉ひしめきて
半鐘は梯子仕立てや山笑ふ
宿下駄の朧へ向けて揃へらる
涅槃図の一人たしかに哄ひをり
啓蟄や地蔵の膝を日が滑り
耕運機霞を出たり這入ったり
御詠歌をこぼしてをりぬ春の山
揚雲雀揚がり足らぬといふ声で
亀鳴くと墓の掃除を思ひ立つ
行く春の飛ばず潜かず礁の鵜
八方へ雨意を広げて水木咲く
置き去りの薬缶が畦に明易し
滝の音滝を離れてより激し
七月の雨脚ふとき和讚かな
帰省子の抛りだしたる手足かな

風の盆
秋風をさそひだしたる胡弓かな
夜ながしの立山白みそむるまで

月光をすべらせてゐる滑り台
軒下のがらんと日脚伸びにけり
すり寄りて恋には間ある猫ならめ
ひっそりと落ちし椿のびっしりと

三千院菩薩像
花見むと御腰浮かせ給へるや

白鳥の白くならむと帰りけり
行く春の礁浮いたり沈んだり
鴛鴦の離ればなれに夏に入る
ひょっこりと戻ってきたる羽抜鳥
ひたすらに光ってゐたり梅雨の川
投了の駒の涼しき音なりけり
にはとりのひこひこ歩む厄日かな
うちつけの鶏鳴ひとつ星月夜
狂ひ咲きなれば日陰を好みけり
一棹は襁褓が占めて霜日和
山眠る隣の山に影あづけ
寒鯉のたまりかねたる水しぶき
日脚伸ぶ大きな声が畑より
山なみをそっくり見せて春炬燵
あいうえお上手に書けてさくら咲く
たんぽぽの絮とぶ水の鳴る方へ
踏切を待つ間も揉んで樽神輿
しばらくはたましひ探す昼寝覚
秋風の見えてくるなり行者道
二泊手のあとの一礼秋澄めり
鳥渡るなべて欠けたる墓茶碗

◆第五句集 畦の木

老人に日向の余るお元日
鏡餅ぐるりと山河かしづける
夏料理水かげろふを天井に
夕焼に置いてきぼりの子がひとり
ひたすらに夜をきらめく屑金魚
蛇穴に入るたっぷりと日を浴びて
年寄に火の香のついて十二月
日向ぼこそれぞれ違ふ船を見て
水温む大きな声を上げながら
夕雲に一刷きの朱や鶴帰る
にこにこと流されてゆく雛かな
花みかん夜は潮騒にくるまつて
昼寝覚手足いっぽんづつ戻る
月夜のわけても猪のぬた場かな
冬の灯のうなづきあってゐるやうに
毛糸編むあたたかさうな顔をして
縮んだり伸びたり春の野辺送り
ふんはりと峠をのせて春の村
涅槃図に紙魚参じたる跡しかと
沖かけて白波はしる実朝忌
別な方向いて番ひの通し鴨
なきがらの上の蝿取りリボンかな
天井の染みのうれしき帰省かな
滝壺の中より滝の立ち上がる
唾つけて研ぐ草鎌や日の盛り
おのが振る鈴とむつんで秋遍路
十一面もて秋惜しみ給へるや
冬の田となる余すなく日を載せて
野鼠の眼のぱつちりと霜日和
冬耕の寄るかと見れば遠ざかる
行く年の日を満面に父母の墓
水仙にあつまつてくる光かな
春来ると土塀が穴を広げけり
麦踏の川覗いては折り返す
菜の花に日暮がひそみはじめけり
包丁をピカピカにして梅雨ごもり
真清水の筋ひいてゐる肋かな
天高し高しと馬のにほひをり
茶柱が立ってそれから鹿の声
どこまでも夕日を追うて稲雀
いのちなが白い障子に囲まれて
ふところ手してゐる貌をしてをりぬ
あかんぼの匂ひも少しちやんちやんこ
立話する間も麦を踏んでをり
畦道を辿りてゆきぬ春まつり
足元に暮色を溜めて袋掛
むばたまの夜をこそ匂へ花みかん
蛍火のひとつ遥かをこころざす
マラソンの後尾夕立の中にあり
柵に鯉の屍や夏をはる
人ごゑの思はぬ近さ夜の秋
冬くるとくるとくるくる糸くるま
夜回りの声を大きく返しくる
雪空となる包丁を研ぎをれば
白鳥の黙かしましき鴨の中
雪もよふ焚き口を火のあふれ出し
豆打ちし闇へしばらく眼を凝らす
泥んこの道をあつめて春祭
一抜けて二抜けて濃かり春夕焼
亀鳴くは田舟の朽ちてゐるあたり
涼しさの橋にあつまる人の声
日は呆と天心にあり未草
打水の上ていねいに通りけり
田を抜ける二百二十日の水の音
にぎやかに朝がはじまる実南天
まるまると鯉を太らせ冬に入る

◆第六句集 煤柱

煤梁のみしりと年の改まる
くるぶしに日暮を寄せて麦を踏む
蛇穴を出てうつとりと日の中に
竹皮を脱いですらりと月の中
金魚玉一番星をかたはらに
打水の上に日暮が降りてくる
田に闇を抜けて踊の灯の中に
軒といふ燕の置いてゆきしもの
をとつひのきのふのけふの寒さかな
存分に温もるために枯れつくす
雪くるぞ来るぞくるぞと火が真っ赤
さむざむと日当たってゐる磧かな
やつと決まりし餅臼の据ゑどころ
しばらくはものも申さず股火鉢
夕焚火誰かを待つてゐるやうに
西行忌ひねもす松に風鳴って
軒下をきれいに掃いて燕待つ
春うつらうつらと念珠取り落とす
縁側といふ草餅の置きどころ
朴の花しづかに高く一つかな
ひえびえと炉縁ありけり麦こがし
老人ののみどさみしも氷水
押しやりし流灯やをら戻りくる
あますなく月光容れて菌山
へつつひに残る温みも雁のころ
学校の往きに復りに引く鳴子
洗ひ場の声にぎやかに今朝の冬
立て付けの悪しき納屋の戸山眠る
仏壇にしばらくありし冬至の日
布団干すぐるりと山を見まはして
短日や土竜が切に土あげて
永き日の婆に憑きたるひだる神
どの家も暖かさうに灯りけり
雨だれのおと耳元に朝寝かな
炎天へ出て行く鎌を研ぎすまし
尻なんぞつついてないで浮いてこい
梁ののたうつてゐる炎暑かな
つつぬけの隣家の声も夜の秋
夕づつのころりと生るるばつたんこ
淦を汲む音のことりと蘆の中
焚き口をあふるる炎今朝の冬
五郎助ほうほう満月が森の上
ぼてふりの伝ひてきたる春の畦
つかぬこと尋ねられたる日永かな
桐いつも遠いところに咲いてをり
たまゆらの水仕の音も夜の秋
秋のこゑ忘れられたる風鈴に
残暑なほ夜すがら鳴れる厩栓棒
いそいそと日暮が通る葛の花
わざうたにかりがねの空ひろがれり
薪で炊く飯ふっくらと文化の日
朝なさの道掃く音も十二月
わけもなく大きな声が出て師走
まつすぐに畦まっかうに雪の嶺
広め屋のくるりくるりと冬日中
大寒の出刃に当てたる指の腹
やや虚ろふぐり落としてきし眼
春風のさてどの橋を渡ろうか
千手やや手持ち無沙汰に春の昼
打てば響くやうな青空利休の忌
まつさきに夏めく上がり框かな
たとふれば梧桐は父椎は母
日傘くるくるなかなかに来ないバス
牛の尻ぬうつとありぬ草いきれ
太陽をいくつも描いて夏休
今朝秋のするする玉子かけごはん

◆第七句集 春の村

逝くにけりきのふ案山子を立てゐしに
冷やかに日暮が降りてきたりけり
冬ざくら囁き合つてゐるごとし
小春日の矮鶏を離れぬ矮鶏の影
巾着の中のあれこれ冬ぬくし
茎の水じわじわ上がる月夜かな
火吹竹ほうほう山の梟も
村を出てゆくひとすぢの雪の道
寒鯉の浮き上がりたる月下かな
突堤に挙がる子の声日脚伸ぶ
春を待つ水仕の音を憚らず
春くると野から山から水のこゑ
にぎやかに煙を上げて春の村
菜の花のたうたう暮れてしまひけり
初蝶に野川のひかり惜しむなき
分校の春オルガンのふがふがと
餌を欲らず人にも寄らず春の鯉
亀鳴くと日暮が水に降りてくる
暮れ残るとふさびしさに通し鴨
せつせつと水音かよふ余り苗
桑の実やむくむく育つ山の雲
汗どつと噴き出す上がり框かな
月の出の風鈴じつとしてをりぬ
独り言つことにも飽きて田草取
溜池のぎらぎら寒いさむい夏
空井戸の闇をひそませ草いきれ
水打って一番星をまたたかす
残生の手足つべたき昼寝覚
新涼の波透けきって立ち上がる
八月十五日朝から鰡跳んで
潮上りくる鰡の目を先頭に
こつそりと戻ってをりぬ茸取
行く水もとどまる水も水の秋
田を仕舞ふ大きな鳶の輪の真下
立冬の影をくつきりごろた石
着ぶくれて噂ばなしのきりもなき
榾くべて遥かを見やる眼となりぬ
冬日濃しがらくた市のがらくたに
お寒うと言はれてからの寒さかな
しづけさの極みに出でし咳ひとつ
老いゆくか葱のにほひの息吐いて
四日早や漁火沖を飾りたる
たかだかと上がる野の火も七日かな
沖くらし暗しと猛るどんどの火
寒柝の音のいつしか夢の中
やらはれし鬼が酒場の止り木に
春の城水かげろふをもて鎧ふ
永き日やいつしか消えし畑の人
代掻いて掻いて富士には目もくれず
頂は雲にあづけて五月富士
のうぜんの花の真昼をさびしめり
梧桐に抱かるる思ひありにけり
上げ潮の香の中にある祭かな
誰彼に言葉を投げて田草取
夏をはる静かな水面よこたへて
水べりを歩いてゆけば秋の声
なまぬるき水よ八月十五日
そよりともせぬ木に小鳥きてゐたる
天高し言葉すらりと身を放れ
風はたと止みたる月の出際かな
赤とんぼ湧いてむかしのままの空
出がらしの茶にも茶柱そぞろ寒
行く秋や日はちりちりと水の上
家々に家々の灯の音冬に入る
いつ見ても山茶花散ってをりにけり
野がらすの声にぎやかに十二月
五郎助ほうぐつすり嬰を眠らせて
踏切のかんかん年の詰まりけり
ありたけの星またたかせ去年今年

◆第八句集 春がきて

縁側の上のあれこれ日脚伸ぶ
八方へ轍を放ち春の村
わかさぎの水面乱さず釣られてけり
鈴の音の聞こえて遍路まだ見えず
鳥影の引きも切らずや春障子
ぬかるみを四方に広げて農具市
春泥にとびつかれたるランドセル
ながながと水脈曳いて鴨残りけり
穴出でし蛇に全き空の青
八十八夜くたかけの長鳴きも
昼は日に夜は月影に竹落葉
彷徨うてみたくなりたる白地かな
心経の声そろひたる涼しさよ
秋に入るひつきりなしに井戸鳴って
新涼やすくと立ちたる犬の耳
落し水せかせか日暮きたりけり
ゐのこづち取り合つてゐる喪服かな
にぎやかににぎやかに水温みけり
亀鳴くや暮色わけても濃き水辺
虚貝置いてゆきたる春の潮
魚は氷に童の声は路地に満ち
陽炎に捕まつてゐる登校児
草に戯れ石に弾んで春の水
水ぐるまごとごと眠いねむい春
夏めくと水面に鯉の盛りあがる
八方へさざなみ広げ田を植うる
梧桐に井戸汲む音のひもすがら
湖しんしんと郭公の声のあと
冬に入る軒下にもの積み上げて
今朝冬の木のてつぺんに鳥の声
寒明くるそよりそよりと風吹いて
捨て舟に波のひた寄る遅日かな
鳥は雲に翁は三里に灸据ゑて
せつせつと川音はげむ緑の夜
をしみなく風を湧かせて梅雨明くる
波の上に波を重ねて夏をはる
秋風のしばらくありし身八口
夕刈田鷺は一羽に如かずけり
かたときも影を離さず冬の耕
五郎助ほうほう山風を騒がしむ
真ん中に野壺の据わる初景色
水べりに沿へば笹鳴ついてくる
魚は氷に老いはおぼこに返りけり
雨だれに紛れなかりし春の音
朝の日の先へ先へと雀の子
風青し青しと弾む木魚かな
夏籠のいちにち雨の音の中
梅雨に入る山の烏を騒がせて
蕗の葉の揺れてそれから雨の音
潮の香の中の縁台将棋かな
ひたすらに雨貪つてゐる青田
月出たと大きな声の挙がりたる
ばつたんこばたんと月を上げにけり
月に鳴く鳥あり渡りゆきにけり
側溝を鼠の走るクリスマス
ただ笑ふほかなき今朝の寒さかな
さざなみの綺羅をつくせる寒さかな
どの木にも風が棲みつき冬深む
春はいつも遠い方からやつてくる
春の夜を上りつめたる春の月
だんだんに春が濃くなる水の上
ゆれながら月が上がるよ春の山
老人に遠くなりたる春の夢
春がきて日暮が好きになりにけり


◆『春がきて』以後

()は小生のコメント。

暮れかぬるしきりに水を匂はせて
ふるさとは今ぞ蜜柑の花盛る
さざなみを広げひろげて風は秋
立春の土を弄(いじく)る鴉かな
春の田に夕日がじつとしてをりぬ
緑より緑を伝ふ風の音
新緑を抜けきし風を総身に
遠い日の浮かんできたる緑かな
降り足りぬ雨待つてゐる植田かな
音もなき雨となりたる薬の日
かかなべて潮の香濃しや松の芯
(「かかなべて」は日数を重ねての意)
祭笛ひよろと月の泛びたる
たからかに水澄む音となりにけり
葉がくれにひそむ鳥の眼冬に入る
木の葉降る降るたのしげにさびしげに
(「降る降る」のリズムはあたかもシャンソンでも唄っているような)
木の葉舞って水の面をかがやかす
総身に初日を浴びて電車待つ
(私の「昭和」時代を振り返えるやう)
客ひとり降りたる駅の淑気かな
春くるとぎつたんばつこ弾みけり
(土臭い俳句だ)
永き日やジャングルジムに子が群れて
遺族席ゴム風船をただよはす
(キチンと正装した子供を思うた)
達磨落しすとんと抜けてうららけし
(懐かしい遊び道具だ)
青空をまさぐつてゐるいかのぼり
踏青の前に後ろに孫の声
(すっかりお爺ちゃん、お婆ちゃん)
春火鉢ふたりつきりとなりにけり
(行き着く処は・・・・)
水灌菜(みずかけな)しやりしやり食んでいのちなが
(水灌菜はアブラナ科の漬菜)
海へ向くコップがひとつ終戦日
(何ひとつ人物像らしきものが描かれていないが、人影を強く意識させられる)
妻と相病む
秋迎ふ一つ医院に名を並べ
(添え書きらしい添え書き)
田に太る煙も二百十日かな
街の灯の身に入みながらともりけり
塩はやや強めに寒のお菜かな
(お菜とはおかず。副食物)
待春の煙上げたる漁師小屋
風に音水に色つき春に入る
(「風」「音」「水」「色」と並べたら、確かに春がやってくるような感じがする。なかなかに凝った叙法だ)
杏ひらひら一村を埋めつくす
(こんな句は如何?ぴかぴかと天が近しよ杏花村 大野林火 方円集 昭和五十一年)
鳩くつくくつくとバレンタインデー
(「くつく」の促音便が効果的)
天心に昼月泛べベイースター
(ぬうっと出てくるハイカラな片仮名が上等)
うれしくてたまらぬやうに初つばめ
(同趣向。燕つばめ泥が好きなるつばめかな 細見綾子)
啓蟄の音たからかに小川かな
卒業の別れの言葉うさぎにも
(「うさぎにも」の蛇足が上等)
大仏の背に覗き穴春の塵
(鎌倉の長谷観音がホウフツ)
桜貝ひとつポッケに休暇果つ
(ポッケはポケットの幼児語。このたどたどしさが佳い)
鬢付けの香も際やかに五月場所
(両国国技館周辺が彷彿)
滴りのいつしか雨となつてをり
釣れなくていい釣堀にながながと
(この「投げやり感」が結構)
なめくじり航跡らしきもの曳いて
(蜷の例句にも有りさうな一句)
箱庭を作って風を待ちにけり
ほうたるの果たして雨となりにけり
(「ほうたるの」と云ひ止して置いてトボケた処がうまい)
葭切の攻めたててゐる日暮かな
(同趣向の一句をどーぞ。うるさきもの一銭蒸汽行々子 尾崎紅葉)
お花畑乱れて雲が通りけり
鷺草の翔び立つ構へくづさざる
(「くづさざる」とは画竜点睛の一語)
逆しまに走る一匹蟻の列
(流石、守一流の観察眼)
巴里祭といへばピエロの泪かな
(「ピエロの泪」から映画「道」のジュリエッタ・マシーナのベソかき顔を思ひ出した)
竹婦人蹴つとばされてゐたりけり
井戸端のびつしより濡れて送り盆
(生活感出とる)
干柿にこれ以上なき日和かな
(「これ以上なき」とは云ひ得て妙)
待宵の塩善哉となりにけり
(「おしるこ」と「善哉」の違いをもう一度確認しました)
祖父はがらくた子は玩具屋へ年の市
(私の「年の市」と云へば浅草寺)
いろいろとありたる年を惜しみけり
(芭蕉句の「さまざまなこと思ひ出す桜かな」を思ひ出した)


以上
妄言陳謝
高澤良一

【参考】2023年「俳句」2月号 一句鑑賞より

米洗ふ音も八月十五日
ゆれながら月が上がるよ春の山
春の香のしてゐる春の夕べかな
ふんはりと峠をのせて春の村
草摘んで摘んで日暮をを忘れをり
浮寝鳥片寄せて湖昏るるなり
枇杷咲いて茶が咲いて子が遠くなる
啓蟄の土をほろほろ野面積

以上

by 575fudemakase | 2023-03-31 06:29 | ブログ | Trackback


俳句の四方山話 季語の例句 句集評など


by 575fudemakase

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探し出せたら、「残暑」と入力します。「残暑 の俳句」が見つかったら、そこをクリックすれば
例句が表示されます。

尚、スマホ等でこれを行なうには、全ての操作の前に、最上部右のアイコンをクリックし
「pc版サイトを見る」にチェック印を入れ実行下さい。


《方法2》以下はこのサイトから全く離れて、グーグル又は ヤフーの検索サイトから
調べる方法です。
グーグル(Google)又は ヤフー(Yahoo)の検索ボックスに見出し季語を入力し、
その例句を検索することができます。(大方はこれで調べられますが、駄目な場合は上記、《方法1》を採用ください)

例1 残暑 の例句を調べる

検索ボックスに 「残暑の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「残暑 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【残暑】残る暑さ 秋暑し 秋暑 【】=見出し季語

例2 盆唄 の例句を調べる

検索ボックスに 「踊の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「踊 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【踊】踊子 踊浴衣 踊笠 念仏踊 阿波踊 踊唄 盆唄 盆踊 エイサー 【】=見出し季語

以上 当システムを使いこなすには、見出し季語をシッカリ認識している必要があります。

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