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俳句歳事記 第四版増補 秋 角川学芸出版=編 角川文庫 I6992を読んで (高澤良一)

⭐︎俳句歳事記 第四版増補 秋 角川学芸出版=編 角川文庫 I6992を読んで (高澤良一)

俳句には通常作者名が記されているがその作者名を外したらふにゃふにゃになる様な例句は採らない(即ち押し売り的な例句は駄目)、本物の俳句、一点の傷もない俳句、余分な物言ひのない俳句を採ってみたい。玉石混淆は嫌だ。『玉』許り集めてみたいと選をしてみた。実作の手本となれば倖である。作者名は原著参照ください。

⚫️時候⭐︎俳句歳事記 第四版増補 秋 角川学芸出版=編 角川文庫

此秋は何で年よる雲に鳥
夕暮は鐘を力や寺の秋
誰彼もあらず一天自尊の秋
槇の空秋押移りゐたりけり
秋の航一大紺円盤の中
山国の秋迷ひなく木に空に

初秋や独りはらうて物の塵
鎌倉を抜けて海ある初秋かな
初秋の蝗つかめば柔かき
初秋の口笛吹いて女の子

文月や六日も常の夜には似ず
文月や空にまたるるひかりあり
文月や水をはなるる空の色

八月の空やしづかに人並び

そよりともせいで秋たつ事かいの
秋たつや何におどろく陰陽師
立秋と聞けば心も添ふ如く
青空のただ一ト色に秋立ちぬ
秋立つと酒田の雨を聴くばかり

朝夕がどかとよろしき残暑かな
窯たいて残暑のまなこくぼみけり
吊革に手首まで入れ秋暑し
秋暑また仏飯の白無慚なり

書肆の灯にそぞろ読む書も秋めけり
秋めくと言ひ夕風を諾へる
秋めくや一つ出てゐる貸ボート

新涼の身にそふ灯影ありにけり
新涼や白きてのひらあしのうら
新涼や尾にも塩ふる焼肴
新涼やはらりと取れし本の帯

水平にながれて海へ処暑の雲

紀の川の紺濃き二百十日かな
遠嶺みな雲にかしづく厄日かな

仲秋や母に明るき仏の灯

壇ノ浦上潮尖る葉月かな

川えびの身の透きとほる九月かな
江ノ島のやや遠のける九月かな

八朔の雲見る人や橋の上
八朔や雀ののぼる鬼瓦

姿見に一樹映りて白露かな
猫の髭水平に張る白露かな
ゆく水としばらく行ける白露かな

秋分や午後に約束ふたつほど

ひとごゑのさざなみめける秋彼岸
人は灯をかこみて後の彼岸かな

晩秋の夕靄あをき佐久平
ただ長くあり晩秋のくらまみち

長月の空色袷きたりけり
菊月の眉月懸かる気比(けひ)の松

十月の明るさ踏んで小松原

秋の日のずんずと暮て花芒

アザーンに雀の和する秋の朝

大鯉のぎいと廻りぬ秋の昼

此の道や行く人なしに秋の暮
門を出れば我も行く人秋のくれ
日のくれと子供が言ひて秋の暮
まつすぐの道に出でけり秋の暮
秋の暮大魚の骨を海が引く
百方に借あるごとし秋の暮

秋の夜や旅の男の針仕事
子にみやげなき秋の夜の肩ぐるま
酒も少しは飲む父なるぞ秋の夜は

よそに鳴る夜長の時計数へけり
妻がゐて夜長を言へりさう思ふ

秋澄める暁雲といふものの紅

帆船のロープ百条秋気満つ

ひやゝかに梁こす水のひかりかな
口中へ涙こつんと冷やかに
冷やかに海を薄めるまで降るか
紫陽花に秋冷いたる信濃かな

爽やかやたてがみを振り尾をさばき
さはやかにおのが濁りをぬけし鯉

天上の声の聞かるゝ秋うらゝ
秋麗やわが影塀につきあたる

野ざらしを心に風のしむ身かな
佇めば身にしむ水のひかりかな
身に入むや星に老若ある話

真上より鯉見ることも寒露かな

ややさむく人をうかがふ鼠かな
そぞろ寒兄妹の床敷きならべ
やゝ寒や日のあるうちに帰るべし
やや寒の騏驎のかほに日はありぬ
うそ寒の身をおしつける机かな

肌寒と言葉交せばこと足りぬ

朝寒や旅の宿たつ人の声
朝寒の膝に日当る電車かな
朝寒や柱に映る竈の火
くちびるを出て朝寒のこゑとなる

椎の実の板屋を走る夜寒かな
鯛の骨たたみにひらふ夜寒かな
枕辺に眼鏡を外す夜寒かな
あはれ子の夜寒の床の引けば寄る

霜降や鳥の塒を身に近く

冷まじや吹出づる風も一ノ谷
すさまじき雲の陸なす夜となりぬ

秋深き隣は何をする人ぞ
もどる波呑みこむ波や秋ふかし
深秋や身にふるゝもの皆いのち

能すみし面の衰へ暮の秋
次の間に人のぬくみや暮の秋

蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
行く秋や抱けば身に添ふ膝がしら
独房に釦おとして秋終る

秋惜しみをれば遥かに町の音
川に出て舟あり乗りて秋惜しむ

押入れの奥にさす日や冬隣
釣堀の顔のいづれも冬隣
まつ黒の鯉さげてゆく冬隣

九月尽はるかに能登の岬かな

⚫️天文⭐︎俳句歳事記 第四版増補 秋 角川学芸出版=編 角川文庫

谿ふかく秋日のあたる家ひとつ
好きな鳥好きな樹に来て秋日濃し

釣瓶落しといへど光芒しづかなり

秋色の南部片富士樹海より

秋晴の何処かに杖をわすれけり
秋晴や瀬田の唐橋一文字
秋晴の口に咥へて釘甘し
畳屋の肘が働く秋日和
我のみの菊日和とはゆめ思はじ

秋の声振り向けば道暮れてをり
秋声を聴けり古曲に似たりけり

にょっぽりと秋の空なる不尽の山
上行くと下くる雲や秋の天
秋空や高きは深き水の色
秋空につぶてのごとき一羽かな

痩馬のあはれ機嫌や秋高し
天高し淋しき人は手を挙げよ

椴松に秋の雲ゆくばかりなり
秋の雲立志伝みな家を捨つ

鰯雲人に告ぐべきことならず
いわし雲空港百の硝子照り

われをつれて我影帰る月夜かな
月天心貧しき町を通りけり
父がつけしわが名立子や月を仰ぐ
月すでに海ひきはなしつつありぬ
かろき子は月にあづけむ肩車
滝津瀬に三日月の金さしにけり
三日月がめそめそといる米の飯
三日月やをみな子ひとり授かりて
月の出を騒然とこそ言ふべけれ
風立ちて月光の坂ひらひらす
子規逝くや十七日の月明に

浴(ゆあみ)して我が身となりぬ盆の月
門を出て道を曲がれば盆の月
盆の月兄弟淡くなりにけり
 
待宵をたゞ漕行くや伏見舟
待宵の姿見のある廊下かな

名月や池をめぐりて夜もすがら
名月をとつてくれろと泣く子かな
名月や門の欅も武蔵ぶり
満月や耳ふたつある菓子袋
けふの月長いすゝきを活けにけり

蓮の中羽搏つものある良夜かな
生涯にかゝる良夜の幾度か
我庭の良夜の薄湧く如し
友を待つ田端の駅の良夜かな

いくたびか無月の庭に出でにけり
船底を無月の波のたたく音
浮御堂灯を奉る無月かな

十六夜といふ名を持ちて月昇る

立待や明るき星を引き連れて

蒟蒻に箸がよくゆく居待月

寝待月しとねのぶればまこと出づ

男の児得ぬ今宵更待酒酌まな

宵闇と聞く淋しさの今宵より
宵闇に坐して内外のわかちなし

目つむれば蔵王権現後の月
麻薬うてば十三夜月遁走す

われの星燃えてをるなり星月夜
豪雨止み山の裏まで星月夜
死顔のほのともゆれず星月夜

あらうみや佐渡に横たふ天の川
天の川の下に天智天皇と臣虚子と
妻二タ夜あらず二タ夜の天の川
うすうすとしかもさだかに天の川
寝袋に顔ひとつづつ天の川
今日ありて銀河をくぐりわかれけり
流星に使ひきれざる空の丈
真実は瞬間にあり流れ星

あかあかと日は難面(つれなく)も秋の風
石山のいしより白しあきの風
十団子(とをだご)も小粒になりぬ秋の風
淋しさに飯を食ふなり秋の風
死骸(なきがら)や秋風かよふ鼻の穴
秋風や模様のちがふ皿二つ
吹きおこる秋風鶴をあゆましむ
肘あげて能面つけぬ秋の風

空をとぶ鴉いびつや初嵐
川波の白きを加ふ初あらし

芭蕉野分して盥に雨を聞く夜かな
鳥羽殿へ五六騎急ぐ野分かな
野分中つかみて墓を洗ひをり

颱風の波まのあたり室戸岬
先んじて風はらむ草颱風圏

盆東風や駄菓子の芯の煎り大豆

高西風に秋闌けぬれば鳴る瀬かな

川波のたゝみにたゝみ鮭颪

草木より人翻る雁渡し
青北風が吹いて艶増す五島牛

赤ん坊の捩れて泣けり黍嵐
雀らの乗ってはしれり芋嵐

にはとりの飼はれて肥ゆる秋曇り

ひとりごと言うては答ふ秋湿り

秋雨やともしびうつる膝頭
秋の雨しづかに午前をはりけり
秋雨の瓦斯が飛びつく燐寸かな
秋雨は無声映画のやうに降る

秋しぐれ塀をぬらしてやみにけり
寺町は三十三寺秋しぐれ

稲妻や浪もてゆへる秋津島
稲妻のゆたかなる夜も寝べきころ
いなびかり北よりすれば北を見る
稲光流木はいつ起ち上る

秋の虹消えたるのちも仰がるる

渤海の秋夕焼やすぐをはる

かたまりて通る霧あり霧の中
白樺を幽かに霧のゆく音か
噴火口近くて霧が霧雨が
ランプ売るひとつランプを霧にともし
霧の村石を投うらば父母散らん
一切があるなり霧に距てられ
霧の道わづかにくだりつづけたり
見えざれば霧の中では霧を見る
街燈は夜霧にぬれるためにある

白露や茨の刺に一つづゝ
露の世は露の世ながらさりながら
蔓踏んで一山の露動きけり
金剛の露ひとつぶや石の上
白露や死んでゆく日も帯締めて
芋の露連山影を正しうす

露寒や乳房ぽちりと犬の胸

朝風や水霜すべる神の杉
水霜と思ふ深息したりけり

竜田姫月の鏡にうち向ひ
麓まで一気に駆けて龍田姫

⚫️地理⭐︎俳句歳事記 第四版増補 秋 角川学芸出版=編 角川文庫

冷え冷えと袖に入る日や秋の山
山彦とゐるわらんべや秋の山
秋山の襞を見てゐる別れかな
秋嶺の闇に入らむとなほ容(かたち)

三山のことに羽黒の装へり

東塔の見ゆるかぎりの秋野行く
秋郊の葛の葉といふ小さき駅

満目の花野ゆき花すこし摘む
花野ゆく母を探しに行くごとく

秋苑の衰ふること俄かなり

みのり田に見えかくれして衣川

いちまいの刈田となりてただ日なた

穭田に大社の雀来て遊ぶ

暗き夜のなほくらき辺に落し水
犀川に還りゆくなる落し水
落し水すなはちひびき伊賀に入る

魚の眼のするどくなりぬ秋の水
秋の水に色なく栖める小海老かな
吹き飛んで袋立ちたる秋の水
秋水にひたしたる手をひとふるひ
十棹とはあらぬ渡しや水の秋

水澄みて金閣の金さしにけり
水澄むや人はつれなくうつくしく
水澄みて四方に関ある甲斐の国

秋の川真白な石を拾ひけり

流れよる枕わびしや秋出水
秋出水つばさ重たき鴉かな

今立てる一白波や秋の海
砕けねば己れが見えず秋の浪

やはらかき枕へひびき秋の潮
釣竿の先の暗さも秋の潮

初潮や鵜戸の神岩たたなはり

盆波にひとりの泳ぎすぐ返す

不知火を見てなほくらき方へゆく

⚫️生活⭐︎俳句歳事記 第四版増補 秋 角川学芸出版=編 角川文庫

教室のよそよそしさよ休暇明け

運動会授乳の母をはづかしがる
手廂に子を追いかけて運動会
運動会午後へ白線引き直す
ねかされて運動会の旗の束

ややありて遠き夜学の灯も消えぬ
雨のバス夜学終へたる師弟のみ

ぬくもりのたゝむ手にあり秋袷
喪主といふ妻の終の座秋袷

国取りの国なる新酒汲みにけり
とつくんのあととくとくと今年酒

藁の栓してみちのくの濁酒
濁酒(どぶろく)に壮年の髭ぬらしけり

猿酒や鬼の栖むなる大江山

古酒の酔泊れといふに帰りけり

新米を詰められ袋立ちあがる
新米といふよろこびのかすかなり
新米を掬ふしみじみうすみどり

所望して小さきむすび夜食とる
あたたかき夜食の後の部屋覗く

旅先の訛(なまり)親しきむかご飯

栗飯のまつたき栗にめぐりあふ
栗飯を子が食ひ散らす散らさせよ

取敢へず松茸飯を焚くとせん

旅びとに斎(とき)の柚味噌や高山寺
柚味噌やひとの家族にうちまぢり

干柿の緞帳山に対しけり
干柿の種のほつそり物思ひ
甘干に軒も余さず詩仙堂

菊膾てふやさしきを重の隅
花透けてきて出来上る菊膾
星屑の冷めたさに似て菊膾

衣被しばらく湯気をあげにけり
今生のいまが倖せ衣被
衣かつぎ末に生まれて遺りけり

とろろ汁鞠子と書きし昔より
くらくなる山に急かれてとろゝ飯

新蕎麦や暖簾(のれん)のそとの山の雨
新蕎麦のそば湯を棒のごとく注ぎ

はからずも雨の蘇州の新豆腐
新豆腐乗つたる板の雫かな

秋の燈のいつものひとつともりたる
終電といふ秋の灯のなかにをり
秋灯を明うせよ秋灯を明うせよ

燈火親し声かけて子の部屋に入る
燈火親しもの影のみな智慧もつごと

秋の蟵つるかと云へばつるといふ

秋扇あだに使ひて美しき
秋扇や生れながらに能役者
扇おくこゝろに百事新たなり

やはらかく叩いて均す菊枕

灯籠にしばらくのこる匂ひかな
盆灯籠ともす一事に生き残る
大切子匂ふばかりに新しく

秋簾とろりたらりと懸りたり
やゝ暗きことに落ちつき秋簾

くろがねの秋の風鈴鳴りにけり

洗ひをる障子のしたも藻のなびき
障子紙まだ世にありて障子貼る

旅十日家の恋しく火恋し

松手入今天に腰かけてゐる
松手入せし家あらん闇にほふ

菊生けてめでたき風炉の名残かな

この冬をここに越すべき冬仕度
裏畑に穴掘ることも冬支度

秋耕の了(をは)りし丘を月冷やす
秋耕の石くればかり掘ってゐる

竹の音石の音とも添水鳴る
ばつたんこ水余さずに吐きにけり

倒れたる案山子の顔の上に天

新らしき板もまじりて鳴子かな
鳴子縄たはむれに引くひとり旅

鳥威し簡単にして旅に立つ
威銃奥は天狗の山ばかり
これよりはみちのくに入る威し銃

淋しさにまた銅鑼うつや鹿火屋守

猪垣と言ふは徹底して続く
猪垣のひとところ切れ人通す

稲刈って鳥入れかはる甲斐の空
稲つむや痩馬あはれふんばりぬ

稲架かけて飛騨は隠れぬ渡り鳥
稲架組んで水郷の景新なり
棒稲架の棒が余ってゐたりけり
懸稲のすぐそこにある湯呑かな

稲こきて藁となりたる軽さ投ぐ
競ひゐし脱穀音の一つ熄む

籾かゆし大和をとめは帯を解く
電柱の影が乗りくる籾筵
籾殻火千曲の暮色にはかなり

豊年や切手をのせて舌甘し
豊年やあまごに朱の走りたる

草のごと凶作の稲つかみ刈る

新藁や永劫太き納屋の梁
吹き晴れて新藁安曇野を飛ぶよ
よろこびて馬のころがる今年藁

藁塚に一つの強き棒挿さる
藁塚をのこしてすでになにもなし

蕎麦刈りに西より雨の来る信濃

お六櫛つくる夜なべや月もよく
夜なべしにとんとんあがる二階かな
夜なべせる老妻糸を切る歯あり
夜業人に調帯(ベルト)たわたわたわたわす

ともし火と砧の音のほか洩れず

渋搗の渋がはねたる柱かな
渋を搗く音を労るやうに搗く

箕と笊に今年の棉はこれつきり
西安へ梶高く上げ棉車

竹伐るやうち倒れゆく竹の中
一本の竹を伐る音竹の中

門先は耶馬のたぎつせ懸煙草
子供等の空地とられて懸莨

種採るや洗ひざらしのものを着て
朝顔の種採つて母帰りけり
種を採る鶏頭林の一火より

秋蒔の土をこまかくしてやまず
大根蒔く短き影をそばに置き
大根をきのふ蒔きたる在所かな

ほらねども山は薬のひかりかな
薬掘蝮も提げてもどりけり

葛掘るはたたかひに似て吉野人
葛引の川より山に入りにけり

日向へと飛び散る豆を叩きけり
婆が揉む小豆筵も津和野ぶり

半日は翳となる畑牛蒡引く

秋篠寺四門の一つ胡麻を干す
長生きをしきりに詫びて胡麻叩く

萩刈りてなほ何か刈る音つづく

ものいはぬ男なりけり木賊刈り

萱刈の地色広げて刈進む
萱刈の遠くへ行つてしまひけり
刈り伏せの萱に日渡る裏秩父

蘆刈の音とほざかる蘆の中
また一人遠くの芦を刈りはじむ

ついと来てついとかゝりぬ小鳥網
袂より鶫(つぐみ)とり出す鳥屋師かな

啼き出して囮たること忘れゐむ

鳩吹や己が拳のあはれなる
鳩吹やけぶらふに足る峡の雨

獺(かはうそ)の月に遊ぶや崩れ簗
草の根の生きてかかりぬ崩れ簗

鰯網追へど離れぬ鴎かな

青森の夜半の港の根釣かな

うかと出て家路に遠き踊かな
一ところくらきをくゞる踊の輪
いくたびも月にのけぞる踊かな
あと戻り多き踊にして進む

合弟子は佐渡へかへりし角力かな

地芝居のお軽に用や楽屋口

岩はなやこゝにもひとり月の客
月見るや相見て妻も世に疎く

海蠃打ってかくしことばのやりとりも

菊人形小町世にふる眺めして
菊人形武士の匂ふはあはれなり
菊人形逢瀬を照らし出されたる

虫売りのかごとがましき朝寝かな
虫売や宵寝のあとの雨あがり

たけがりや見付けぬ先のおもしろさ
斯くなれば濡るゝ外なし菌狩

仁和寺を道の序(ついで)や紅葉狩
汽車はひく余生のけむり紅葉狩

芋煮会寺の大鍋借りて来ぬ
芋煮会風にさからふかまど口
月山の見ゆと芋煮てあそびけり

鯊釣の女に負けて戻りけり
鯊釣れず水にある日のうつくしく

頬杖に深き秋思の観世音
この秋思五合庵よりつききたる
藍甕の藍にはじまる秋思かな

⚫️行事⭐︎俳句歳事記 第四版増補 秋 角川学芸出版=編 角川文庫

人心しづかに菊の節句かな
重陽や海の青さを見に登る

原爆忌腕鈴なりの電車過ぐ

終戦日妻子入れむと風呂洗ふ
暮るるまで蝉鳴き通す終戦日
堪ふることいまは暑のみや終戦日
割箸の割れのささくれ敗戦忌

万巻の書のひそかなり震災忌
震災忌大鉄橋を波洗ふ
十二時に十二時打ちぬ震災忌
路地深き煮ものの匂ひ震災忌

敬老の日のわが周囲みな老ゆる
雀来て敬老の日の雨あがり
老人の日よ晩学の書架貧し
年寄の日と関はらずわが昼寝

秋分の日の音立てて甲斐の川

赤い羽根つけらるる待つ息とめて
赤い羽根つけてどこへも行かぬ母
赤い羽根つけて背筋を伸ばしたる
心臓のところにとめて赤い羽根

体育の日なり青竹踏むとせむ
体育の日を耳立てて兎たち

カレーの香ただよふ雨の文化の日
叙勲の名一眺めして文化の日

いにしへの硯洗ふや月さしぬ
硯洗ふてのひらほどの一つ得て
ねんごろに贋端渓を洗ひけり

二条家の招きがきたる乞巧奠
希(ねが)ふこと少なくなれり星祭
女の子七夕竹をうち担ぎ
七夕竹惜命の文字隠れなし
七夕の竹青天を乱し伐る
自転車に七夕笹と子を二人
汝が為の願の糸と誰か知る

梶の葉を朗詠集のしをりかな

ふんばれる真菰の馬の肢よわし
匂ひては細うなりゆく真菰馬

今生を燃えよと鬼の侫武多来る
侫武多去るくれなゐが去る総て去る
ねぷた絵の義経抱かれまだ赤子

竿灯の撓ふにつれて身を反らす
竿灯のいづれも昏く帰りゆく
竿灯の息抜くやうに倒れたる

まづ匂ふ真菰むしろや艸の市
草市のあとかたもなき月夜かな
草市に買ひたるもののどれも軽し
草市のひとつ売れては整へて

畦草を刈ってありしも盆用意

悲しさやをがらの箸も大人なみ
子をつれて夜風のさやぐをがら買ふ
苧殻買ふ象牙の色の五六本

手をあげて足をはこべば阿波踊
夕立の上るを待たず阿波踊
緋の蹴出し流れるやうに阿波踊

日ぐれ待つ青き山河よ風の盆
風の盆八尾は水の奔る町
胡弓ひく手首の太き風の盆

中元のきまり扇や左阿弥より
中元や萩の寺より萩の筆

行く道のままに高きに登りけり
高きに登りけり
亡びたる城の高きに登りけり
登高や浪ゆたかなる瀬戸晴れて

嗜(たしな)まねど温め酒はよき名なり
夜は波のうしろより来る温め酒

起きあがる牡鹿もう角伐られゐて
鹿寄せの喇叭夕べは長く吹く

べつたら市秤(はかり)も糀(かうぢ)まみれなる
人の出やべつたら漬のほか提げず

石段のはじめは地べた秋祭
ばらばらに賑つてをり秋祭

火祭の夜空に富士の大いさよ
火祭の燠(おき)にもほほと富士の風
火祭の闇にひそみて火伏せ役
火祭に立ちはだかりて太郎杉
火伏祭の一の火つきし鳥居前

芝浦の浦より昏るる生姜市
花街の昼湯が開いて生姜市
だらだらとだらだらまつり秋淋し

重さうに運ぶ水桶放生会
放生の泥鰌こぼるる草の上

火まつりの果て鞍馬川音もどす
火祭の火屑を川に掃き落とす

時代祭華か毛槍投ぐるとき
替への牛牽かるゝ時代祭かな
時代祭ほたほたかなし馬の糞

秋遍路水うまさうにのみにけり
身の丈の杖は漕ぐさま秋遍路

数ならぬ身となおもひそ玉祭り
御仏はさびしき盆とおぼすらん
立ちかこむ杉真青に盂蘭盆会
独り出て道眺めゐる盆の父
棚経に前山は雨ぬいでゆく

生身魂ひよこひよこ歩み給ひけり
生身魂生くる大儀を洩らさるる
対の箸まあたらしくてj生身魂

迎火や風に折戸のひとり明く
門火焚き終へたる闇にまだ立てる
門川にうつる門火を焚きにけり
迎へ火や瀬音の中の一家族

わが影に母入れてゆく墓参り
長子我長子ともなひ墓詣
きやうだいの縁うすかりし墓参かな
掃苔やありし日のごとかしづける

雛僧の下駄並べゐる施餓鬼かな
おんおんと山つづきけり施餓鬼寺
島人のまばらに坐り施餓鬼堂
施餓鬼棚打ちそこねたる釘見えて

流燈や一つにはかにさかのぼる
流灯のまばらになりてより急ぐ
沖に出てよべの流燈漂へる

大文字やあふみの空もただならね
木屋町に馴染みの宿や大文字
刻かけて消ゆるあはれや大文字
送り火の法も消えたり妙も消ゆ

をしみなく痩せたまひけり解夏の僧

金輪際わりこむ婆や迎鐘
こんこんとごんごんとこれ迎へ鐘

蕗の葉に蝋燭ともす地蔵盆
柳川は水辺水辺の地蔵盆
眠る子の足裏見えて地蔵盆
行き過ぎて胸の地蔵会明りかな

消し廻る灯に果て行くや牛祭

知らで寄ることのゆかしき菊供養
菊供養進む金竜鳩翔たせ

宗祇忌の筆ざんばらに筆立てに

摂津より奥の栗酒鬼貫忌
鬼貫忌風がくすぐる耳の裏

祖を守り俳諧を守り守武忌

西鶴忌うき世の月のひかりかな
西鶴忌浪花の蘆も穂に出でぬ
西鶴忌きつねうどんに揚げ一まい

去来忌の抱きて小さき膝がしら

雀来て滴おとせり立秋忌

水巴忌の一日浴衣着て仕ふ

林火忌の湖北に萩と吹かれけり
青花に雨惜しみなく林火の忌

底紅の花に傅(かしづ)く忌日かな

鬼城忌の耳に入りくる音あまた

健啖のせつなき子規の忌なりけり
糸瓜忌や俳諧帰するところあり
糸瓜忌の紅茶に消ゆる角砂糖
糸瓜忌や虚子に聞きたる子規のこと

汀女忌のせめて机上の書を正す

蛇笏忌や振って小菊のしづく切り
裏山にひかる雲積み蛇笏の忌
山盧忌の秋は竹伐るこだまより

両膝に両手を正し素十の忌

朝夕のめつきり冷えて源義忌
松ぼくりかぞへて歩く秋燕忌
ぬか床のまだ生きてをり秋燕忌

⚫️動物⭐︎俳句歳事記 第四版増補 秋 角川学芸出版=編 角川文庫

ぴいと鳴く尻声悲し夜の鹿
鹿の眼のわれより遠きものを見る
撃たれたる鹿青年の顔をもつ
ゆふぐれの顔は鹿にもありにけり
雄鹿の前吾もあらあらしき息す
鹿の声ほつれてやまぬ能衣装

内臓(わた)ぬかれたる猪のなほ重し
猪の腸(はらわた)あらふ瀬波かな
吊るされて地面に近き猪の鼻
猪裂かれ天にちらばる暁の雲

馬肥えてかがやき流る最上川
丘の上に雲と遊びて馬肥ゆる
陽関や天馬たらむと馬肥ゆる

秋の蛇美しければしばし蹤く
見られしをしほに消えゆく秋の蛇
金色の尾を見られつつ穴惑
穴まどひ丹波は低き山ばかり

鷹わたる蔵王颪に家鳴りして
鷹わたる真珠筏は揺れもせず

木曾川の今こそ光れ渡り鳥
葬列や数人あふぐ渡り鳥
渡り鳥みるみるわれの小さくなり
鳥わたるこきこきこきと罐切れば
鳥渡る空の広さとなりにけり
新宿ははるかなる墓碑鳥渡る
雁塔に一夜明かせし坂鳥か

色鳥や潮を入れたる浜離宮
水際にきて色鳥の色こぼす
色鳥の残してゆきし羽根一つ

小鳥来る音うれしさよ板びさし
小鳥来て午後の紅茶のほしきころ
白髪の乾く早さよ小鳥来る

燕はやかへりて山河音もなし
ある朝の帰燕高きを淋しめり
ガレ場より帰燕の空となりゆける
高浪にかくるる秋のつばめかな
峡の空秋燕高くひるがへる

稲雀ぐわらんぐわらんと銅鑼が鳴る
群の軸どこへも曲げて稲雀
稲雀飛鳥の風にひろがれり

かなしめば鵙金色の日を負ひ来
たばしるや鵙叫喚す胸形変
百舌に顔切られて今日が始まるか
鵙の贄かくも光りて忘らるる
越中の田が焦げくさし鵙日和

碧落に見えて鶫の群なるべし
鶫死して翔拡ぐるに任せたり
宿の子と鶫焼く炉をかこみゝ

鵯の花吸ひに来る夜明かな
鵯の大きな口に鳴きにけり
鵯の声松籟松を離れ澄む
鵯鳴いて半眼ゆるむ九体仏

降り通す雨やかけすの啼き通し
木を倒す音しづまれば懸巣啼く
懸巣鳴く天の岩戸を霧ごめに

人来ねば鶸の来てゐる石舞台
大たわみ大たわみして鶸渡る
北の空暗し暗しと鶸が鳴く

ひるがへり去りし鶲の紋の白
いしぶみの色より翔ちて鶲かな
山の学校鶲の好きな木がありぬ

鶺鴒のとゞまり難く走りけり
鶺鴒のひるがへり入る松青し
鶺鴒の罪なき石を叩きをり

旅たのし椋鳥あまたわれとゐて
椋鳥の黄色の足が芝歩く
あれ程の椋鳥をさまりし一樹かな
椋鳥わたる羽音額にふるるほど

鶉なくばかり淋しき山の畑
川底の日のうらゝかに鶉なく
鶉食つて月の出遅き丸子宿
茶畑の畝に潜りし鶉かな

啄木鳥の腹をこぼるゝ木屑かな
啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々
啄木鳥よ汝も垂直登攀者

歩き出す鴫に大きな伊勢の海
磯鴫の脚跡にとりかこまるる

病雁の夜寒に落ちて旅寝かな
雁の数渡りて空に水尾もなし
古九谷の深むらさきも雁の頃
雁やのこるものみな美しき
かりがねや水ぶちつけて舟洗ふ
みな大き袋を負へり雁渡る
一列は一途のかたち雁渡る
雁のこゑすべて月下を過ぎ終る
雁鳴くやひとつ机に兄いもと

遥けさの初鴨の声聞きとむる
鴨渡る明らかにまた明らかに

鶴来るや干拓海へすすみつつ
鶴の来るために大空あけて待つ
鶴守のはがき一片鶴来ると

落ち鮎や日に日に水のおそろしき
落鮎や山容かくす雨となり
落ち落ちて鮎は木の葉となりにけり
鮎落ちて美しき世は終りけり
山々は鮎を落して色づきぬ
さび鮎のめつむるごとく焼かれけり

薄墨の隣の金ンや紅葉鮒
犬も来て覗くや魚籠(びく)の紅葉鮒

青笹に頰刺し鰍提げ来る
山高く鰍突く魚扠(やす)かざしけり

鰡さげて篠つく雨の野を帰る
鰡の飛ぶ夕潮の真ッ平かな

網打のしぼりよせたる鱸かな
まつすぐに鱸の硬き顔が来ぬ
鱸舟出てゐて金華山遥か

空缶にきよとんと鯊の眼がありぬ
松島の鯊の貌見て旅了る
水中に石段ひたり鯊の潮
船端に両足垂らす沙魚日和

秋鯖や上司罵るために酔ふ
秋鯖を心祝ひのありて買ふ

鰯食ふ大いに皿をよごしては
小鰯をうり歩きけり須磨の里

黒潮のうねりて秋刀魚競(せ)る町に
火だるまの秋刀魚を妻が食はせけり

鮭のぼり来る撲(う)たれても撲(う)たれても
鮭打棒濡れたるままに焚かれけり
鮞(はららご)をぬかれし鮭が口を開け
鮭番屋柱時計の鳴ってゐる

たましひのたとへば秋の蛍かな

秋の蠅一つ真水の上に死す
秋の蠅顔をよぎりてあたたかく

秋の蚊のよろよろと来て人を刺す
くはれもす八雲旧居の秋の蚊に
秋の蚊を払ふかすかに指に触れ

年輪の渦にさまよふ秋の蜂

金堂の柱はなるゝ秋の蝶
山麓や黄ばかり多き秋の蝶
草にある午前のしめり秋の蝶

喪の幕の端に風ある秋の蝉
磧湯(かはらゆ)の思はぬ熱さ秋の蝉

日ぐらしや急に明るき湖の方
たちまちに蜩の声揃ふなり
蜩や浪もきこゆる一の谷

ひぐらしの鳴く音にはづす轡かな
ひぐらしや熊野へしづむ山幾重
ひぐらしが鳴けり神代の鈴振つて
ひぐらしをきく水底にゐるごとく
暁蜩みとりに果てのありしなり

鳴き移り次第に遠し法師蝉
おほぜいのそれぞれひとり法師蝉
鳴き終るときの確かに法師蝉
ツクゝゝボーシゝゝボーシバカリナリ
また微熱つくつく法師もう黙れ

とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな
大仏にとまらんとする蜻蛉かな
翔となり目玉となりて蜻蛉とぶ
水を釣るさみしきことを夕とんぼ
蜻蛉の力をぬいて葉先かな
蜻蛉のあとさらさらと草の音
赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり

かげろふの歩けば見ゆる細き髭
一すぢに飛ぶ蜉蝣や雨の中
蜉蝣やわが身辺に来て死せり

行水のすて所なき虫の声
其中に金鈴をふる虫一つ
鳴く虫のたゞしく置ける間なりけり
自転車の灯のはづみくる虫の原
父通り過ぎたるこの世虫時雨
堂一つ一つ開けゆく朝の虫

海士の屋は小海老にまじるいとどかな
閑(しづか)さは吾が遠耳のいとどかな
壁のくづれ竈馬が髭を振ってをり
大山に脚をかけたる竈馬かな

こほろぎに拭きに拭き込む板間かな
こほろぎのこの一徹の貌を見よ
蟋蟀が深き地中を覗き込む
こほろぎやいつもの午後のいつもの椅子
こほろぎの一夜滅びのこゑ激し
こほろぎや厨に老いてゆくばかり
音立てて燈芯尽きぬちゝろ虫

鈴虫のひげをふりつつ買はれける
鈴虫のからりと死にし小籠かな
一病のあとや鈴虫野へ返す

ききそめて松虫のまだ幼な鳴き
風の音は山のまぼろしちんちろりん
ちんちろりん風倒木の夜をいやす

玲瓏(れいろう)として邯鄲のむくろかな
邯鄲や樅のほつ枝に星一つ
袖囲ひして邯鄲を聴きゐたり
邯鄲の鳴き細りつつすきとほり

大いなる月こそ落つれ草ひばり
草ひばりまだもののせぬ朝の皿

ふるさとの土の底から鉦たたき
十ばかり叩きてやめぬ鉦叩
黒塗りの昭和史があり鉦叩
まつくらな那須野ケ原の鉦叩

むざんやな甲(かぶと)の下のきりぎりす  
きりぎりす腸の底より真青なる
しばらくは風を疑ふきりぎりす  
纜のうづたかく朽ちきりぎりす  
能登見える風の中よりきりぎりす  
白濤に乗る何もなしきりぎりす

馬追や海より来たる夜の雨 
馬追の髭ひえびえとしたがへり
馬追が闇抜けて来し羽たたむ
放ちたるすいとが庭で鳴きにけり

この葎ことに暗しや轡虫
がちやがちやの奥の一つを聞きすます

しづかなる力満ちゆき螇蚸とぶ
はたはたのをりをり飛べる野のひかり
きちきちといはねばとべぬあはれなり
きちきちばつた風に産れて貌小さし

ふみ外す蝗の顔の見ゆるかな
ざわざわと蝗の袋盛上がる
電柱に手を触れてゆくいなご捕り
手拭で縫ひたる袋蝗捕り

浮塵子来て鼓打つなり夜の障子

かりかりと蟷螂蜂の貌を食む
蟷螂のをりをり人に似たりけり
蟷螂に怒号のなきを惜しむなり
枯色が眼よりはじまるいぼむしり

螻蛄鳴いてをるや静に力無く
螻蛄鳴くや薬が誘ふわが眠り

蚯蚓鳴く六波羅蜜寺しんのやみ
蚯蚓鳴く耳鳴りもまた闇の声
蚯蚓鳴き故郷の夜道今も同じ

みのむしの此奴は萩の花衣
蓑虫にうすうす目鼻ありにけり
蓑虫の留守かと見れば動きけり
蓑虫の蓑あまりにもありあはせ

茶立虫茶をたてゝゐる葎かな
手枕や小豆洗ひを聞きとめて

放屁虫あとしざりにも歩むかな
亀虫のはりついてゐる山水図

芋虫の一夜の育ち恐ろしき
芋虫の何憚らず太りたる
芋虫のまはり明るく進みをり

月さして秋蚕すみたる飼屋かな
年々に飼ひへらしつゝ秋蚕飼ふ
信夫なる秋蚕は繭にこもりけり

⚫️植物⭐︎俳句歳事記 第四版増補 秋 角川学芸出版=編 角川文庫

浴後また木犀の香を浴びにけり
木犀やしづかに昼夜入れかはる
木犀の香や外燈の圏外に
見えさうな金木犀の香なりけり
銀木犀文士貧しく坂に栖み

道のべの木槿は馬にくはれけり
木槿咲く籬の上の南部富士
水の面の雨脚せつに白木槿
底紅の咲く隣にもまなむすめ

芙蓉さく今朝一天に雲もなし
物かげに芙蓉は花をしまひたる
美しき芙蓉の虫を爪はじき
芙蓉咲く風の行方の観世音
花びらを風にたゝまれ酔芙蓉

午の雨椿の実などぬれにけり
椿は実に黒潮は土佐離れたり

南天の実に慘たりし日を憶ふ
億年のなかの今生実南天
不退寺の実南天また実南天

山梔子の実のみ華やぐ坊の垣

藤の実に小寒き雨を見る日かな

秋果盛る灯にさだまりて遺影はや
灯るや店の奥まで秋果積み

中年や遠くみのれる夜の桃
磧にて白桃むけば水過ぎゆく

梨食うてすっぱき芯にいたりけり
洋梨が版画のやうに置いてある

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
よろよろと棹がのぼりて柿挟む
渋柿の如きものにては候へど
いちまいの皮の包める熟柿かな

空は太初の青さ妻より林檎うく
刃を入るる隙なく林檎紅潮す

黒きまで紫深き葡萄かな
葡萄食ふ一語一語の如くにて
亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄

三つほどの栗の重さを袂にす
山行の栗の毬より雨あがる
間道はいづれも京へ丹波栗

露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す
大津絵の鬼の出て喰ふ柘榴かな
ひやびやと日のさしてゐる石榴かな
くれなゐの泪ぎつしりざくろの実

よもすがら鼠のかつぐ棗かな
朝風の棗はひかるばかりなり
なつめの実青空のまま忘れらる

無花果のゆたかに実る水の上
無花果を捥がむと腕をねぢ入るる

胡桃割る聖書の万の字をとざし
胡桃割る胡桃の中に使はぬ部屋

子の声の風にまじりて青みかん
船はまだ木組みのままや青蜜柑

すだちてふ小つぶのものの身を絞る

柚子すべてとりたるあとの月夜かな
柚子摘むと山気に鋏入るるかな
柚子の香の動いてきたる出荷かな
木守柚子一つ灯りて賢治の居

橙や火入れを待てる窯の前
橙や訪ひたる家に浪の音

九年母や死者は訪はるるばかりにて

どの枝の先にもきんかんなつてゐる
金柑や年寄り順に消ゆる島

暗がりに檸檬浮かぶは死後の景
いつまでも眺めてゐたりレモンの尻

己が木の下に捨てらる榠櫨の実
くらがりに傷つき匂ふくわりんの実
くわりんの実傷ある方を貰ひたり

かざす手のうら透き通るもみぢかな
障子しめて四方の紅葉を感じをり
青空の押し移りゐる紅葉かな
全山のもみぢ促す滝の音
この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉
大津絵の鬼が手を拍つ紅葉山
乱調の鼓鳴り来よ紅葉山

初紅葉はだへきよらに人病めり
初陣の功の如くに初紅葉

宇治川に映れる山の薄紅葉
谷下りて水に手ひたすうすもみぢ
薄紅葉いま安達太良の山気かな

病室の中まで黄葉してくるや
黄葉してポプラはやはり愉しき木

ひもすがら外に作務ある照葉かな
心願の色あらばこの照紅葉

紅葉かつ散りて神さびたまひけり
紅葉かつ散りぬ自在に水走り
足音に応へ且つちる紅葉あり

黄落に立ち光背をわれも負ふ
黄落や人形は瞳を開けて寝る
黄落といふこと水の中にまで
唐寺の鐘よくひびく黄落期

柿紅葉正倉院の鵄尾遥か

暫くは雑木紅葉の中を行く

滝の前漆紅葉のひるがへり

枝で受ける鳥の重みや櫨紅葉

とある日の銀杏もみぢの遠眺め

早咲の得手を桜の紅葉かな
桜紅葉まぬがれ難き寺の荒れ
紅葉して桜は暗き樹となりぬ

色かへぬ松や主は知らぬ人

竹生島つねに正面新松子
新松子この単線を小諸まで

夕暮れやひざをいだけば又一葉
桐一葉日当りながら落ちにけり
静かなる午前を了へぬ桐一葉

柳散り清水涸れ石処々

銀杏散るまつたゞ中に法科あり
銀杏ちる兄が駈ければ妹も
銀杏散る一切放下とはこれか

よろこべばしきりに落つる木の実かな
水中をさらに落ちゆく木の実かな

ななかまど岩から岩へ水折れて
七竈散るをこらへて真つ赤なり

櫨の実のしづかに枯れてをりにけり

栃の実を踏みしが木曾のはじめかな
栃の実がふたつそれぞれ賢く見ゆ

樫の実の落ちて馳け寄る鶏三羽

団栗や倶利伽羅峠ころげつゝ
どんぐりのところ得るまでころがれり

手にのせて火だねのごとし一位の実

しんじつを籠めてくれなゐ真弓の実

手が見えてやがて窓閉づ楝の実
栴檀の実がよごしたる石畳

榧の木に榧の実のつくさびしさよ

椎の実の落ちて音なし苔の上
椎の実の沈める川に漱(くちすす)ぐ

実むらさき老いて見えくるものあまた

銀杏をやきてもてなすまだぬくし

菩提子や人なき所よく落つる

悼むとは無患子の実を拾ふこと

水懈(たゆ)く臭木の花を浮べをり

美女谷や髪に飾りて常山木(くさぎ)の実

枸杞の実を容れて緩やかなる拳

睡い嬰(こ)を母へ返しぬ樝子(しどみ)の実

瓢の実を上手に吹けば笑はるる

桐の実のおのれ淋しく鳴る音かな
桐の実は空の青さにもう紛れず

裏畑に朱を打って熟れ実山椒

錦木のもの古びたる紅葉かな
錦木や鳥語いよいよ滑らかに

澄むものは空のみならず梅擬
立山に雪の来てゐるうめもどき
無頼派の誰彼逝きて落霜紅

墓原のつるもどきとて折りて来ぬ

皂莢(さいかち)のあまたの莢の梵字めく

いそ山や茱萸ひろふ子の袖袂
いくたびも風がとほりて茱萸のいろ

懸命に赤くならむと茨の実

蘡薁(えびづる)のここだく踏まれ荼毘の径

山葡萄からめる木々も見慣れつゝ
山葡萄故山の雲のかぎりなし

通草蔓ひっぱってみて仰ぎけり
あけび垂れ風の自在を楽しめり

落葉松を駈けのぼる火の蔦一縷
教会や蔦紅葉して日曜日

化野や風と遊びて竹の春

うちつけに芭蕉の雨の聞えけり

破芭蕉一気に亡びたきものを

サフランや映画はきのう人を殺め

鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ

万年青の実楽しむとなく楽しめる

月落ちてひとすぢ蘭の匂ひかな

朝顔に釣瓶とられてもらひ水
朝がほや一輪深き淵のいろ
朝顔や濁り初めたる市の空
朝顔や百たび訪はば母死なむ
朝顔の紺のかなたの月日かな
身を裂いて咲く朝顔のありにけり

ひきほどく朝顔の実のがらがらに

鶏頭の十四五本もありぬべし
鶏頭を三尺離れもの思ふ
鶏頭に鶏頭ごつと触れゐたる
朝の舟鶏頭の朱を離れたり
火に投げし鶏頭根ごと立ちあがる

葉鶏頭のいただき躍る驟雨かな
湖国より雨の近づく葉鶏頭
くれなゐに暗さありけり葉鶏頭
かまつかや末期の水は吸ひしまま

ゆれかはしゐてコスモスの影もなし
コスモスの押しよせてゐる厨口
コスモスの揺れ返すとき色乱れ

白粉の花ぬつて見る娘かな
白粉の花が其処には咲いてゐて
おしろいが咲いて子供が育つ路地

少年に鬼灯くるる少女かな
ほほづきのぽつんと赤くなりにけり

鳳仙花木曾はどの家も鯉太り
湯の街は端より暮るる鳳仙花
鳳仙花がくれに鶏の脚あゆむ

花伏して柄に朝日さす秋海棠

菊の香やならには古き仏達
白菊の目に立てて見る塵もなし
黄菊白菊其の外の名はなくもがな
有る程の菊なげ入れよ棺の中
菊咲けり陶淵明の菊咲けり

残菊や老いての夢は珠のごと
貴船茶屋十日の菊をならべけり

ゆるるとも撓むことなき紫苑かな
蓼科は紫苑傾く上に晴れ

雨つよし弁慶草も土に伏し

敗荷の風いろいろに吹きにけり
敗荷や夕日が黒き水を刺す
破蓮の葛西や風のひゞきそめ

よく動く亀の手足や蓮は実に
極楽へ蓮の実飛んでしまひけり

風呂敷のうすくて西瓜まんまるし
泣いてをり肘に西瓜の種をつけ
三人に見つめられゐて西瓜切る

大南瓜這ひのぼりたる寺の屋根
赤かぼちや開拓小屋に人けなし

痰一斗糸瓜の水も間に合はず

夕顔の実に汽車の音川の音

ふくべ棚ふくべ下りて事もなし
へうたんの影もくびれてゐたりけり
瓢箪の尻に集まる雨雫
青ふくべ一つは月にさらされて

沖縄の壺より茘枝もろく裂け
苦瓜といふ悶々のうすみどり

秋茄子の露の二三顆草がくれ
秋茄子にこみあげる紺ありにけり
その尻をきゆつと曲げたる秋茄子

種茄子尻を鍛へてをりにけり

じゃがいもの北海道の土落す
馬鈴薯の顔で馬鈴薯掘り通す
馬鈴薯を掘る羊蹄山の根っこまで

ほの赤く掘起しけり薩摩芋
藷太る島のうしろの多島海
ほやほやのほとけの母にふかし藷

芋洗う五臓六腑をもむごとく
父の箸母の箸芋の煮ころがし
八頭いづこより刃を入るるとも
芋の葉に雀が乗って桶狭間

戸隠へ子を巫女にあげ芋茎干す

この橋を自然薯掘りも酒買ひも
長考は山の芋より始まりぬ
山芋を摺りまつしろな夜になる
長薯に長寿の髯の如きもの

音にして夜風のこぼす零余子かな
触れてこぼれひとりこぼれて零余子かな

ひらひらと月光降りぬ貝割菜
籠の目にからまり残る貝割菜

間引菜の少しを妻に手渡すも
椀に浮くつまみ菜うれし病むわれに

紫蘇の実や母亡きあとは妻が摘み

今日も干す昨日の色の唐辛子

人知れぬ花いとなめる茗荷かな

てんぷらの揚げの終りの新生姜

稲稔りゆつくり曇る山の国
稲稔る中を各駅停車かな
堪へがたし稲穂しづまるゆふぐれは
稲の香や太陽倒れかかるかに
稲の香のわつと羽前に入りにけり

湯治二十日山を出づれば稲の花
雨にすぐあふるる流れ稲の花
神の背にふくらむ袋稲の花
水口に石一つ置き稲の花
未来図は直線多し早稲の花

早稲の香や分け入る右は有磯海
家めぐり早稲にさす日の朝な朝な

魚沼や中稲の穂波うち揃ひ

みちのくや何処も晩稲のまだ青し
橋に架け木にかけ晩稲刈りいそぐ

暮るるまで田ごとの落穂ひろはばや
うしろ手をときては拾ふ落穂かな

沼風や穭は伸びて穂をゆすり

稗を抜くぶつきらぼうな顔が出て

もろこしを焼くひたすらとなりてゐし
唐黍を焼く子の喧嘩きくもいや

黍の葉に黍の風だけかよふらし
ずぶぬれの黍ずぶぬれの身に負へる

黍の粥山の日向の匂ひして

粟畑の奥まであかき入日かな
よく揃ふ粟の垂穂のここは加賀

月光のおよぶかぎりの蕎麦の花
ふるさとは山より暮るる蕎麦の花
戸隠は雲凝るならひ蕎麦咲けり

糸ほどの莢隠元の筋を取り
山国の空や藤豆生り下り

二三日しては又摘む豇豆かな
白和は飛騨の十六ささげかな
もてゆけと十六ささげともに挘ぐ

刀豆の鋭きそりに澄む日かな
刀豆を振ればかたかたかたかたと

落花生喰ひつつ読むや罪と罰
落花生みのりすくなく土ふるふ

枝豆に藍色の猪口好みけり
枝豆やふれてつめたき青絵皿

肉赤き古椀に盛り新小豆
いそいそとお手玉に入る新小豆

山越えの日に輝ける新大豆

古木偶(でく)のざんばら髪や藍の花
沈みたる一蝶白し藍の花

花煙草那須の山々つらなれり

綿吹くや遠き思ひは遠きまま

秋草にまろべば空も海に似る
秋草にいちいち沈み山の蝶
あきくさをごつたにつかね供へけり
ひざまづく八千草に露あたらしく

草いろいろおのおの花の手柄かな
牛の子の大きな顔や草の花
やすらかやどの花となく草の花
草の花絵筆の水をきつてをり
杭に似るアイヌの墓標草の花
人形のだれにも抱かれ草の花

草は穂にダムは一気に水吐けり
晴天に身の軽くなり草の絮
人の上墓の上ゆく草の絮
穂絮とぶ臨港線のゆきどまり

草の実や淀み淀みの飛鳥川
払ひきれぬ草の実つけて歩きけり
草の実や海は真横にまぶしくて

肥後赤牛豊後黒牛草紅葉
島かげの牡蠣殻みちの草紅葉
湖の波寄せて音なし草紅葉
みちのくへ野はとびとびに草紅葉

以上

by 575fudemakase | 2024-05-25 13:07 | ブログ | Trackback


俳句の四方山話 季語の例句 句集評など


by 575fudemakase

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▽ある季語の例句を調べる▽

《方法1》 残暑 の例句を調べる
先ず、右欄の「カテゴリ」の「秋の季語」をクリックし、表示する。
表示された一番下の 「▽ このカテゴリの記事をすべて表示」をクリック、
全部を表示下さい。(全表示に多少時間がかかります)
次いで、表示された内容につき、「ページ内検索」を行ないます。
(「ページ内検索」は最上部右のいくつかのアイコンの内から虫眼鏡マークを探し出して下さい)
探し出せたら、「残暑」と入力します。「残暑 の俳句」が見つかったら、そこをクリックすれば
例句が表示されます。

尚、スマホ等でこれを行なうには、全ての操作の前に、最上部右のアイコンをクリックし
「pc版サイトを見る」にチェック印を入れ実行下さい。


《方法2》以下はこのサイトから全く離れて、グーグル又は ヤフーの検索サイトから
調べる方法です。
グーグル(Google)又は ヤフー(Yahoo)の検索ボックスに見出し季語を入力し、
その例句を検索することができます。(大方はこれで調べられますが、駄目な場合は上記、《方法1》を採用ください)

例1 残暑 の例句を調べる

検索ボックスに 「残暑の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「残暑 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【残暑】残る暑さ 秋暑し 秋暑 【】=見出し季語

例2 盆唄 の例句を調べる

検索ボックスに 「踊の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「踊 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【踊】踊子 踊浴衣 踊笠 念仏踊 阿波踊 踊唄 盆唄 盆踊 エイサー 【】=見出し季語

以上 当システムを使いこなすには、見出し季語をシッカリ認識している必要があります。

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