羽羽 正木ゆう子句集 春秋社を読んで （高澤良一）

羽羽　正木ゆう子句集　春秋社を読んで　（高澤良一）

　　　　　2016・9・23 第一刷　2017・7・28第二刷

小生好みの句を抜く。

はなびらと吹き寄せられて雀の子

夏炉かな火があればみな火を見つめ

ひんやと家霊もわれも跣足にて

虹を呼ぶ念力ぐらゐ身につけし

青葉木菟ほほうと違ふ方を向く

サラダさっと空気を混ぜて朝曇

雨あがり芋の蔓さへ美しく

萎るるに身を尽くしたる月見草

密やかに雲より出でず稲光

飛ぶ鳥の糞（まり）にも水輪春の湖

水鳥の寝そびれ鳴きの春浅し

春満月梢の床（とこ）をともにして

幹でなく茎でなく青芭蕉林

大潮の海なまぬるき水雲採り

一花のみ揺るるは蜂のとまりたる

夕されば牡蠣殻山を洗ふ雨

天地創造葛湯の匙を引き上げて

焼芋を割れば奇岩の絶景あり

山の根を動（ゆる）がすまでに北颪

みつしりと藪ぎつしりと霜柱

潺々とまたクレソンの頃となり

立春の輪ゴムを栞がはりとす

劫初より太陽に影なかりけり

真炎天原子炉に火も苦しむか

被災した子供たち

人類の先頭に立つ眸なり

映画「十万年後の安全」

十万年のちを思へばただ月光

雁のこゑ足もとはもう真つ暗に

新暦野馬追の日に先づ印

春の雷外輪山を踏みわたり

牡丹の衰残の蘂露はなり

此処すでに母の前世か紫雲英畑

たましひの寝そべるによき麦の秋

たらちねのははそはのはは母は羽羽

着陸す茅花流しを逆撫でに

四万十の亀と生まれてのどかさよ

大河とは波たたずして鮴の漁

まつすぐに来る蛍火に道ゆづる

覚えなき露草が咲き百か日

相馬手ノ沢湖

首太き大白鳥と朝日浴ぶ

唇つけるべき処なく清水湧く

魘（うな）さるるまで緋の躑躅丹の躑躅

春風に相馬の馬として佇立

駆くるべき野をまなうらに春の馬

馬に春風その鬣を編みたしよ

夜半の雨止みて啾啾虫の声

核融合反応をもて初旭

本を読む手首に脈の見えて秋

アンデスのピンク零余子に振る塩は

ぢりぢりと石の隙より新蕎麦粉

あふちの実ならむおそらくあふちの実

冬泉湧き且つ流れ且つ奏で

うすらひのふれあふおととわかるまで

一木の鳴り出づるかに春の蝉

春蝉の森を一個の脳（なづき）とも

引力をすこし恃みて羽化の蝉

蛍のみ待つふるさととなりにけり

君へ吹く海酸漿の難しく

秋風のもの言ふ樟に会ひにゆく

ゐずなりし梟のこと追伸に

その奥に梟のゐる鏡欲し

母の世の別珍足袋の赤深し

柚子袋揉み拉（しだ）きたる母なりし

寒星は瞬き惑星は瞠けり

聞こゆるは川の音はた鵜の寝言

慣れざるも慣るるも荒鵜あはれなり

唸り来る筋肉質の鬼やんま

安達が原ゆけば身につく草の種

へんくつなばあさんになろゐのこづち

こんな日はとにかく眠る鵯のこゑ

つかみたる雛（ひよこ）に芯のありて春

春愁の果てよりこころ呼びもどす

竹皮を脱ぎそびれたる高さかな

ときをりは直幹を攀づ夏の蝶

あるはずの虹を探せば欠片あり

耕衣・閒石・龍太のはがき夜の秋

なんといふ高さを鷹の渡ること

行く鷹のただ行く空のただ青く

幼鳥は左見（とみ）右見（かうみ）して渡り鳥

乾坤の一切となり鷹去れり

しぐれては虹かかりたる翁の忌

朴落葉裏しろがねに水弾く

この星のはらわたは鉄冬あたたか

寒月も出でよ刃文の山なみに

ともかくも先づ微笑んで今朝の春

よきものに猫のためいき雪催

降る雪の無量のひとつひとつ見ゆ

以上

（妄言陳謝）