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カテゴリ:ねずみのこまくら句会( 44 )

2019年 5月 ねずみのこまくら句会の諸句

2019年 5月 ねずみのこまくら句会の諸句

 贅沢に藤の緞帳磨崖佛
 翡翠の発進万の画素散らし
 令和元年立夏の風を身ほとりに
 妖怪のごと玉葱の暮れ残る
 木下闇逃避のやうに小半時
 母子像の子の見上げゐる新樹光
 母の日や母の写真を出してみる
 歩きけり立夏の水音奔る中
 武具飾る資料館なる天守閣
 富士の裾風水平に吹き流し
 藤波の大きな揺れに酔ひ痴れり
 田水張り降るほどの星かがやかす
(「かがやかす」vs「生れしむ」:「降るほどの星」と「かがやかす」、重なるところがある。)
 天平の授戒場竹の皮脱げり
 打ち込み接ぎの城垣を馳す瑠璃蜥蜴
(「打ち込み接ぎ」vs「打込接ぎ」:前者は動詞三語、後者は動詞一語。三語は、ちと分かり難い。「打込接ぎ」とはそもそも石組みの一手法。一語の方が判りやすい)
 村人ら裾廻(すそみ)の棚田植ゑ終へり
(古語を上手く使っている)
 素潜りを終え突提に昼寝かな
 禅刹の筍掘りに立ち合ひぬ
 川音(かわと)背に桑の実食みしみな若し
(古語を上手く使っている)
 先頭をゆく子草笛上手な子
 掌に乗せば愛しき姿蟻地獄
(「乗せば」vs「乗せれば」: 「乗せば」なんて日本語なかろう)
 尚更に健忘症や花霞
 小綬鶏鳴く山内ここに行き止まり
 春昼や家のどこかで携帯音
 桜しべ降るや杖持つ身となんぬ
 菜の花の丘を漕ぎゆく車椅子
 溝浚へくさび抜け落つ一大事
 更衣ピアノの上のキューピーも
(変な視点だ。でもそこが狙い。「へたウマ」の筋だ。)
 御土牢眼を凝らしても五月闇  「鎌倉宮」
 己が名を知らず地獄の釜の蓋
 薫風や長谷家並みの果てに海
 駒鳴くや山内はいま坐禅中
 虚飾みなかなぐり捨てて羽抜鶏
(当句はトートロジーの一句。AはAである と言う論理。即ち (虚飾みなかなぐり捨てるもの)=(羽抜鶏)と言うこと。もの足らないのはそれを観念語で遣っている点。)
 虚子の墓しじま暮春の添水音
 岩つばめ柱状節理めぐり飛ぶ
(乙鳥柱状節理経巡りて:「岩」と「柱状節理」ダブル。「飛ぶ」は必要か?)
 柿の葉鮨開けるプレゼントのやうに
(「開ける」vs「開くや」or「ほどくや」or「開けるや」:切れを入れたい故)
 垣結はぬ舟型陵に垣通し
 街薄暑正午を指せる花時計
 開かずに置いてゆくなり落し文
 改元の日や鶯の谷渡り
 夏兆す疑似餌の光る釣具店
 夏めくやポニーテールの一輪車
 卯の花の目覚め早めし水の音
 ワルぶって見たくなるときサングラス
 わたしにも言い分のあり柏餅
 ひとひらの余花を咥へて雀翔つ
 どの山も春なかんづく若草山
 しゃぼん玉令和元年の彩に出づ
(彩を出したのは、元号改定に就き、来る年への占いの思いを入れたかったのだろう)
 さつまの苗孫等のはしゃぎ声と植う
さくらんぼ漲る艶をわれも欲し
(別案有りどちらが佳きか?さくらんぼ漲る肌艶われも欲し)


以上
by 575fudemakase | 2019-06-16 18:13 | ねずみのこまくら句会 | Trackback | Comments(0)

2019年 6月 ねずみのこまくら句会の諸句

2019年 6月 ねずみのこまくら句会の諸句


 さみだるる蛙くはへて鴉飛ぶ

 ソーダ水愚痴こぼし合ひ笑ひあひ

 ハーケンを打つ峯雲の一角に

 麦飯の少年期ありいのちなが 

(麦飯の少年期あり寿:私流だとこう漢字を当てる。遠方から攻めた方がいい)

 もう鮎とわかる香りに釣られけり

(別の攻め方 そこはかと鮎の香のする釣果なり:原句は少しひねり過ぎ)

 ロックンロール流し親子の田植かな

(もう少し遊ぶには 田植唄代わりにロックンロールとは)

 一瀑の夜夜の響きに月太る

 烏瓜夜の帳にすがり咲く

(出来ているが小智が句を曇らせている感がしないでもない…)

 瓜の花遊び蔓にも咲きにけり

(もっと奔放に遣るなら ここん処(とこ)遊び蔓にも瓜の花)

 花蜜柑砲台山が生き返る

 解きかけてまた戻しやる落とし文

(大いに類句ありそう)

 鴨足草廃寺の仏守りし寺

(鴨足草廃寺の佛あづかる寺)

 看護師に見せる疵痕夏兆す

 休診医アロハシャツにて現はるる

(視点が面白い)

 戸の一枚開く僧坊青葉光

 五月闇命縮まる脈の音

 交番の軒先借りぬ大夕立

 校章に茶葉の描かれ風薫る

 山宿の雑魚寝の臭ひ明早し

 思はざる今日菖蒲湯の心やり

 時計屋の時計覗きに夏の蝶

 七転び八起きの句歴蟇の声

 漆黒の闇にはあらず緑夜なる

 焼き茄子あはれ魂抜かれたる

 水の裏くすぐる金魚棒立ちに  

(水の裏くすぐり遣らむとせる金魚:棒立ちと言う前に、既にもう面白いのではないか?)

 水槽に平目ぴったり昼寝せり

(水槽に平目張り付きうたたねす:季語が二つ。五月蠅い)

 睡蓮の揺るるはほのかなる吐息

 川べりの一樹を蛍灯し合ふ

 全天に隙間なき雲梅雨に入る

 素潜りの宙蹴る海女の白き足裏

 早苗田に嘴(はし)くぐり入れ鴨すすむ

 息一つするたび蛍点滅す

 打ち水や耳門開けある芭蕉庵

 沢蟹のもと居た闇に急ぎけり

(急ぎけり vs 戻りけり or 消え去りぬ)

 池底の世界覗き見水馬

(田螺等の世界覗き見水馬)

 椎にほふ中に子等降り浦のバス

 田植女の胸乳濡らして進みけり

(田植女の胸乳濡らして植え進む)

 田植女の腰伸ばしては富士仰ぐ

(類型ありそう。田植女の腰伸ばす先三浦富士:有名な富士は駄目。土地人

が名付けた富士でなければ駄目)

 豆の飯少し足したる塩を悔ひ

 動かねば巌のごとし山椒魚

(微動だに巌然たる山椒魚)

 梅雨茫陀伊賀一国を隠しけり

(梅雨茫陀伊賀一国を覆はむと)

 富士を前素足投げ出す青畳

 弁当を忘れ少年蜥蜴追ひ

(弁当を放置し少年蜥蜴追ふ)

 捕虫網一ひねりして牢(ひとや)なる

(捕虫網一ひねりして牢(ひとや)と為す)

 野も山も青葉光合成盛ん

(光合成に生命の躍動感託す)

 落ちゆくも落とされゆくも滝の水

 蘭ちゅうの綺羅なす鰭や地下酒場

(蘭鋳の綺羅なす胸鰭地下酒場:胸鰭の一点に焦点を絞る)

 六月の視野の限りを風清し

 巫女交え天満宮の梅ちぎり

 薔薇園を掃きて薔薇屑箕に一杯

青鷺の無聊の態を中州かな

(中州かな vs 中州の央 若しくは 中州の端: かな は少し 曖昧)


以上


by 575fudemakase | 2019-06-16 18:10 | ねずみのこまくら句会 | Trackback | Comments(0)

2019年 4月 ねずみのこまくら句会の諸句

2019年 4月 ねずみのこまくら句会の諸句


 恋の雉子啼く渾身の羽広げ

(自然に叙述するなら、「恋の雉子渾身の羽広げ啼く」だろう)

 勿忘草中庭に植え転勤す

 無言劇のピエロに桜散りやまず

(無言劇 vs パントマイム)

 抱つこさる嬰もおめかし入学式

 風のさくら光のさくら咲き満ちて

 撫で牛の鼻ひんやりと花の冷え

(「花の冷え」の合わせが常套。)

 病む犬の襁褓を替ふる万愚節

 飛んできし帽子を載せて花筏

 白鳳の塔よりこぼる雀の子

 背戸のある暮らしが好きで蕨摘む

 天へ咲き人に咲きたる桜かな

(この句の評価は難しい。選者の俳句感が問われよう。句は選者に褌を締めて掛かって来いと言っている)

 長閑かり都電で巡る花の時

 潮干潟両肌脱ぎて現はるる

(少しオーバーと思ったが…)

 断捨離へアクセルを踏む竹の秋

 大宇多の家並を往き来つばくらめ

(大峯顕一門に既に掲句のような一句ありそうと踏むが…)

 総代の撞く彼岸会の誘いひ鐘

 水陽炎鼻緒を直しくれし人

 水影の日輪を鴨乱しけり

 森閑たる鑑真廟域囀れり

 春闌くる何かは為んと何もせず

(表現がどこかモタモタしている: 春闌くる何かは為んずと思へども。古語の「為んず」(せんず。意味は「…しようとする」))

 出石蕎麦皿積み上げて春惜しむ

 借景の富士も朧や朝寝坊

 蔀戸の弥陀に連翹明かりかな

(の vs 越し)

 次々とすずめ轍の落花浴

(表現がどこかモタモタしている:「落花浴」は言葉として熟しているだろうか?)

 四月馬鹿エレベーターの骨の透け

 山笑う遠くまできて泉汲む

 山寺の猫の弔ひ花ぐもり

 雑草とふ名の草の無し万愚節

(雑草 vs 荒草(あらくさ):文学的に荒草とやりたい。エープリルフールとやらずに古臭く万愚節とやったのも是又文学的)

 耕しの一服たのし缶コーヒー

 駒返る草峠路に開拓碑

 丘陵の風の育む新茶摘む

 祇王の名負ひて流るる花の川

(祇王の名負ひて…川。 …をどう埋めるかが勝負処。)

 鴨帰る束の間の影水に置き

 学僧の袖の膨らむ桜まじ

 花散るや坂ゆるゆると塔の見ゆ

(リズム的には、花散るや vs 花の散る)

 花びらをはなれがたきかな雨雫

(リズムが悪い:「雨雫花びら離れ難きとも」では少し改善される)

 花びらに降る雨粒の重さかな

(もう少し叙法に工夫がいるのでは?花びらに降る雨重し重しとも)

 花の雨隣人の死を人づてに

 乙艫の散歩がてらの汐干狩

(力を入れず叙した佳品)

 牡丹の芽なぜか気になる人のごとし

(この直喩、牡丹の芽は人の様だと言っている。かなり遠くにあるものを引っ張り出したので、一読後に多少の無理感が漂ったが、幾度も読み返すと此れも有りであると思えた。私の初案は次の通り。

「牡丹の芽なぜか気になる人と見え」「牡丹の芽なぜか気になる人なのか」純粋写生である)

 黄砂にも千年杉の不動なり

(黄砂にも千年の杉不動なり)

 炎なき独りの煮炊き花の冷

(「煮炊き」と言うと直ぐ火気を連想するが、この場合、単なる炊事と言う意味だろう。高齢になって火器の扱いを恐れる思いが込められている。)

 園児らの届く高さに甘茶仏

 雲雀東風舎利を納むる玄奘塔

 一人とて力それなり耕やせり

(「一人とて」に、夫(または妻)に先立たれた者を偲ぶ思いが籠もるようでスッと採れた。以前は二人して何とか完結する耕しであったのだろう。同一作者と思われる「耕しの一服たのし缶コーヒー」と云う句も、小品ながら軽快でいい。)

 ログハウスのテラスのランチ榛の花

(片仮名を並べた効果が出たように思う)

 やはらかき肌のぬくもり花の雨

 べからずの立て札多し花の山

(この「べからず」には、私も何度か体験している。冒頭から「べからず」を出したのが効いている。)

 ふと消ゆる命なるかな鳥雲に

 春の雨先を急がぬ旅なれど 

(なれど vs にして)

 はくれんの輪郭翳るとのぐもり

 はくれむの百の合掌朝日かげ

 つばくらめ艇庫を抜けて海へ出る

(よく見る景ではあるが気持良い句である)

 スイートピー風と戯れ蝶となる

 ジーンズの両腿に穴磯遊び

彼岸会の本堂に和す正信偈

 かるがもの胸で押しゆく花筏

 いかなごの光る糶場の流し水

 いかなごのくぎ煮の香り街に春

 雨一日濡れて巣籠る鸛(コウノトリ)

(鸛の姿態が彷彿)

まだ蕾む桜へ息のかかるほど

(グッドタイミングな季節感が出ている)

花のひと日灯ともし頃ともなりぬ

亀鳴かば我はどこから壊るるか

(思わず「おおっ」と思った一句である)



以上


by 575fudemakase | 2019-04-21 18:03 | ねずみのこまくら句会 | Trackback | Comments(0)

2019年 3月 ねずみのこまくら句会の諸句

2019年 3月 ねずみのこまくら句会の諸句


 涅槃堂床の暗きに猫泣けり

 料峭のごくりと水の喉通る

(料峭の vs 涅槃の日:試みとして、句に事件性を入れたい)

 野焼きせり車窓におよぶうす煙

(素直な写生が好感を齎す)

 木喰の像の撫で艶緑さす

(微笑佛の撫で艶…ならもっと物が言えそう)

 片身づつ二人で食す蒸し鰈

 碧眼の僧名を持ち卒業す

(ちょっとニュアンスが変わるが以下ではどうだろうか? 碧眼の僧も交へて卒業す)

 風船の夜は天井に頭打ち

(「の夜は」一寸引っかかる表現。厳密に見ると、この表現おかしい?)

 腐葉土を買ひ足し春を待ち侘ぶる

 琵琶湖模す池泉を望む雛の間

 白魚の「,」カンマがほどの黒目かな

(「「,」カンマ」vs「,(カンマ)」:表記がおかしい)

 梅東風や百度参りの五色紙垂(しで)

 天井に花桃の映えあずさ号

(山梨辺りを走るとこうですね)

 蝶へ手のひらひら双子のベビーカー

 朝ガラス大きく啼いて寒明くる

(原因辺りが描かれていないが、かえって興をそそられる)

 置き薬減らずにありぬ春立てり

 探梅や百歳めざす歩こう会

 卒業や校歌の山に登りもし

 切り株を椅子にしばらく利久の忌

 拭き艶の箱階段に雛明り

(素材、着眼、表記に隙がないがまぁまとまり過ぎてしまったか?)

 将門の塚に一輪落椿

 勝敗を言わず春泥落しをり

(勝ち敗けを言はず春泥落す子よ)

 春風やもう捨てようかハイヒール

(句に若さが戻る雰囲気好もしp)

 春一番天地無用の荷物着く

(荷物 vs 一荷:少しボカして言いたい。「一」のリフレインも)

 酒ならば何でもよろし蕗味噌よ

(蕗味噌は酒を選ばず八海山)

 手をめだかめだかの五十鈴川

(洗ふ vs (浄む or 浸す):言葉は綺麗な方がよい)

 取り廻す青ぬたの鉢すぐ空つぽ

(美味そうなことを絵に描いた)

 車窓ごし雛の灯見ゆる都電かな

(都電かな vs 荒川線)

 飼育舎にうさぎの跳ねる卒業歌

(卒業歌 vs 新学期:どちらかと言えば私は新学期)

 子等住まぬ家広々と春障子

 三寒は白く四温の月は黄に

(四温の月は黄に vs 四温は黄なる月:「は」のリフレインで調子を取りたい)

 柵に寄る子馬のまつげ風光る

 冴返るあばら露に小角像

(肋あらは、小角は常套的組み合わせ。コレに季語が付いただけ。一見出来ているだけで終わっている)

 菜の花菜の花白灯台の先は海

 腰越の小さき浜辺若芽干す

(小さき浜辺 vs 小さき浜辺に:チイサキよりチサキの方が私は小さいと感じる。即ち詰まった方が…表記としてはルビを振って明示すべきか?)

 高床を初蝶舞へり正倉院

(正倉院高床を舞ふもんしろてふ)

 耕しのひとりの谺戻りけり

 剣が峰を離れて春の雲となり

 月朧ストラディバリウスの余韻

(月朧 vs 月朧にて: 月朧あと突然切れるのはどうか?破調になるが調子をスムーズにしたい)

 啓蟄の虹の松原菰はづし

 近づきて雛「ひひな」と息を通わする

(通わ vs 通は:文語使いじゃあないのですか?)

 看護婦も医師も鼻声春の風邪

 海光を回して若芽刈りにけり

(にけり vs ゐたり:好みの領域ではあるが…)

 芽木明り梁をあらはに文庫蔵

 花なずな身の一病と三十年

 雲雀野に子等乗せあがる熱気球

 一粒づつ幼なのつまむ雛あられ

 ふらここや遠き昔を引き寄せて

(遠き昔を引き寄せ:これには賛否両論あろう)

 のどけしや座布団に在す願掛け石

(土俗的な味のする一句)

 ギフチョウの交尾天日滴るに

 きつぱりと前髪切りて受験の子

 お松明燃え尽き竹の骨残る

(行事最後まで見つめた賜物)

 いのちながなほ永かれと初桜

 「月光」を課題の曲に卒業子

(課題曲は締まった表現だが、課題の曲は緩んだ表現。私は前者を使いたい)

もどかしや蹇(あしなえ)攣(てなえ)冴返る

春雪の舞ふ町中に居て一人

(一人 vs ひとり)

古民家カフェ祖母の雛を守り継ぎ

春寒し歯の詰め物のほろと取れ

重ね着やいつも探している私

(未だ表現の仕方がありそう。上手く直せたら好句になろう)



以上



by 575fudemakase | 2019-03-17 18:36 | ねずみのこまくら句会 | Trackback | Comments(0)

2019年 2月 ねずみのこまくら句会の諸句

2019年 2月 ねずみのこまくら句会の諸句


 蹲いへ走る山水梅三分

 囀りの喃語こぼせる大樹かな

(喃語などと下手に洒落ない方がいい)

 力士乗りびんつけ匂う暖房車

(「乗り」がすこし引っかかった)

 来て見れば遺跡の濠になずな咲き

 明治の家壊すもならず虎落笛

 母を呼ぶ声のか細き冬の鹿

 母さんが本気になった歌留多取り

 墓碑囲ふ小石に混じる名草の芽

(細かい所を的確に見ている)

 風花を肩に払へば溶けにけり

 梅紋の法被が走る大とんど

 波裏より現るるさーふあー春の海

 独り棲む梅の庵と言ふべきや

 豆の皮ゆるびてきたる福茶かな

 大仏殿霙の叩く大甍

 繕へる糸の淡きや春隣

(淡き vs 薄黄:もう一歩踏み込んで色で明示したら?)

 節分草光豊かに雨上り

(光豊かに:一見適切な表現に見えるが逆に実態を判らなくしている vs 光沢載せて)

 青ぬたや酢の角うまく取れてきて

 水の面のほのかに揺らぐ冬泉

 真っ当な世に送りたし卒業子

 女正月久に結びし矢の字帯

 助六の紫褪せし懸り凧

 初観音おかず横丁廻りけり

 春日影がじゅまるの根がほどけさう

 春節の夜空に赤きタワーの灯

(赤きタワー vs マリンタワー:正確には横浜マリンタワー。これで横濱もしくは神戸の中華街の春節と明示できる)

 出土土偶のどれにも乳房あたたかし

 塾の子の帰宅を待つて鬼は外

 四千キロ三度の旅や小白鳥

 三輪明神摂社末社に寒卵

 座禅終え粥有(しゅうゆう)十利和す春暁

 黒豆炊く雪の一夜の落とし蓋

 御猟場の春鴨を呼ぶ木槌の音

 玄米パンの湯気はふはふと一の午

 懸想文離郷せし子の抽出に

 禁猟区狸の糞の乾きをり

 寒夕焼あつき抱擁老いにこそ

 葛湯吹く胃袋の中撮られ来て

 火が風を風が炎を呼ぶ野焼かな

 鴛鴦の沓平等院の影揺らし

 遠野火のその先に野火富士暮るる

 遠き日や母ゐて妹ゐて日向ぼこ

 円かより生まれるいのち梅の花

(円かより vs つぶらかに:原句どおりだと些か理屈っぽい)

 威勢よき漁師らも居て一の午

(威勢よき漁師 vs (こゆるぎの漁師 or 逗子は小坪の漁師):漁師はもともと威勢がよい。固有名詞の地名を入れたら良い)

 ゆふがたは綿虫の舞ふあたりより

 ムンク展北風に顔削がれ来て

 ひとりぼっちを託つ一輪冬薔薇

 この上に遺跡ありとぞ囀れり

 きさらぎの空の切れ味コントレイル

 うから無き友みまかりぬ寒の入り

 いにしへの清盛道に鴛鴦を見る

(「清盛道」と「鴛鴦」を結ぶのは「朱」であろう。清盛 高熱 朱。平家 赤旗。)

 いつの間に三羽が五羽に初雀

 アルプスに抱かれはもる早春譜

 あたたかや変はらずに居る友ありて


以上



by 575fudemakase | 2019-02-17 19:42 | ねずみのこまくら句会 | Trackback | Comments(0)

2019年 1月 ねずみのこまくら句会の諸句

2019年 1月 ねずみのこまくら句会の諸句


 あらためて作法確認初手水

 カルテ見る主治医に御慶申しけり

(患者の元気が医者の励みにもなろう)

 スケーターリンクの皺を伸ばし伸ばし

 ポインセチア言葉を返す縫ひぐるみ

 音調は青年のもの除夜の鐘

(音調はvsその音色:音調は少し硬い措辞)

 寒暁の座禅に透る鐘一打

 寒卵割る講宿の馳走かな

(寒卵富士講宿の馳走なる)

 脚ばかり見せて野兎大地駆け

(脚大きく見せて野兎大地駆く)

 去年今年ただひと色に川流る

(川は流れる …仲宗根 美樹の歌を思い出した)

 去年今年夜すがら灯し御仏壇

(去年今年vs(凩の or 大年の))

 居酒屋の肩幅の席十二月

(「肩幅の席」は的確)

 熊野古道塩漬け梅を寒干しに

 元朝参りみな低声に笑み交はし

(みな低声にvs集ふどの娘(こ)も)

 五重塔目差す人波初弘法

(東寺の弘法市などを想像した)

 行く年来る年船笛が橋渡し

(地元を詠う強みだ)

 七度目の干支は終とも年新た

 七日粥未だに慣れぬ水加減

(年季を積んでも仕損ずこともある)

 若水を汲むや真白き割烹着

(新婚時代の華やぎに似たものがある)

 終弘法「シルク」と大書の端切売

 初刷りを担ぎてきたる配達夫

 初日影満つ蹲いの水鏡

 初包丁大根人参花型に

(華やぐ心を容に…)

 初明かり富士湧水の気泡かな

 初暦巻きぐせのまま予定書き

(予定記す巻き癖のある初暦)

 除夜の鐘ひとつを聞いて寝ねにけり

(ひとつを聞いて寝ねにけりvs一つ目聞いて寝に就けり)

 新年の松蒼穹をたなごころ

(おとなしい句だが祝ぎ心如実)

 水掛けて冷えを募らす水子仏

 戦争を我も知る人日向ぼこ

(我も知る人vs吾も知る一人:「戦争を吾も知る一人白ふくらふ(白梟は自己擬人化像)」「日向ぼこ戦争遠く近くに遣り」等どうだろうか?これは直し方で秀句になる可能性あり。)

 大とんど生木の芯に水泡噴く

(芯に水泡噴くvs芯より噴くあぶく)

 大活字の本を積み上げ冬ごもり

(大活字の本vs大活字本:大活字本は造語臭いが用語として成立するのではないか?)

 大寒の日をちりぢりに割れガラス

 大初日太陽の塔ゆるぎなし

 大鷹の飛翔の足に鼠らし

(飛翔の脚vsさらへるは何:「飛翔の足」という措辞がちょっと引っかかった)

 凧うなる高みにありぬ石舞台

(素材の配置が立体的。舞台も申し分ない)

 鉄階を下る凍滝へと下る

 天邪鬼歳の市より句碑めぐり

 兎籠抱きて獣医へ初車

(そう言えば「初車」という季語があった。あまり使われないが…)

 冬日燦上毛三山位に即けり

(龍太に「山河はや冬かがやきて位に即けり」がある。之を踏まえて各々は何点をつけるか)

 冬籠趣味三昧の隠れ部屋

 読初の「一分音読」若菜集

 二日はや焼きたてパンを求む列

(「求む」と駄目を押した処に共感を禁じ得ない)

 日脚伸ぶお巡りさんと立ち話

(お巡りさんvsおまわりさん:一瞬私は「おめぐりさん」と読んだ。お遍路の別称でもあるかと勘違いした。これは損だ。)

 年の市鮑・帆立に水溢れ

(暮の活気が活写されている)

 年詰まる椅子軋ませてクリニック

 年玉を遠慮しもらふ子となりぬ

(孫の仕草を見るようで合点だ)

 年酒酌む富士の裾野に居を構へ

(七五がどっしりして目出度い)

 年明くる視野の限りを青き空

(類句あるやも知れぬがスカッとする一句)

 煤逃げや一年ぶりのルーテイーン

((今年もや or ぶらり出て)煤逃げといふルーティーン)

 白髪の張り頼もしく初鏡

 箸紙に感謝と弱音吐く齢

 八代の鶴二羽にて平成暮にけり

(今年は「年暮れ」と「元号暮れ」が重なって感慨深い。鶴二羽の残像が脳裡に残る)

 夫の物片付かぬ日々日脚伸ぶ

(日脚伸ぶvs年の瀬へ)

 福笹の大判小判鳴らしゆく

 福藁に洞ろな神馬休養す

 暮れ早し一人の旅の一人鍋

(一人鍋vs(茸鍋orひとり鍋):「一人」のリフレインは一寸五月蠅いので…)

 綿虫の意気投合のめくら飛び

 網を張る桶にすっぽん年の市

 餅花をくぐり塩豆求めけり

(小品だが臨場感はあった)

 柚子入れて一番にして仕舞風呂

(柚子入れてvs柚子風呂や:一人暮らしが窺えてほのぼの…)

 玲子さん逝去の知らせ入る七日

(逝去の知らせ入る七日vs身罷る知らせ薺の日: 身罷るは古今哀傷詞と辞書にある)

 鈴生りの金柑に鳥鈴なりに

 蓮根掘引き抜く脚の暮れにけり

(暮れにけりvs暮れかかる)

 巫女咲かす肌の柔さの餅の花

(肌の柔さvsやわ肌いろ:色で勝負したらどうだろう?)

 篝籠乱れて年の明けにけり

(乱れてvs灰白:色で勝負したら。「明けにけり」でなく「明けてをり」であろう)


以上



by 575fudemakase | 2019-01-20 20:16 | ねずみのこまくら句会 | Trackback | Comments(0)

2018年 11月 ねずみのこまくら句会の諸句

2018年 11月 ねずみのこまくら句会の諸句

 

 あれこれに紛れ思はぬ月に逢ふ

 えのころ草独りぼっちと言ふ自由

(「えのころ草独りぼっちと言ふ」vs「狗尾草独りぼっちといふ」 「犬」のイメージ入れたい。故に「狗尾草」)

 ストーブを独り占めしてゐたる贅

 そぞろ寒犬も朝夕薬飲む

(犬猫も薬嚥む世ぞそぞろ寒)

 ともしきは君が掬へる葛湯かな

 どんぶり提げ僧も侍れる大根焚

 ひやひやと昔質草黒紋付

(「ひやひやと」vs「ひんやりと」)

 まずまずの晩年茶の花を愛で

(「まずまずの晩年茶の花」vs「まづまづの晩年お茶の花」)

 鞍馬祭いなせな半裸火の海へ

 姥石を棚田に祀り稲を刈る

 塩梅よき酢締め落鮎づくしなる

(「塩梅よき酢締め」vs「酢加減の程よき」)

 柿熟れて白漆喰の蔵に映ゆ

(漆喰の蔵壁柿の栄ゆるなり ぐらいでどうでしょうか?)

 活字見し眼に薬注し秋暮るる

 寒椿疾(と)くに捨てたる志

(「疾(と)くに捨てたる志」vs「とっくに捨てた志」 此処は口語で遣ってしまった方がよいのでは?もちろん「疾うに捨てたる志」の形もある。)

 雁の列夕日の海へ消えにけり

(「消えにけり」vs「消えゆけり」)

 去来墓日がな筒抜け十夜鉦

(「去来墓」vs「野良の墓」 「去来墓」である必然性果たして有りや?)

 近隣に分くる艶良き庭の柿

 月光の大和三山うす墨に

(出来上るべく出来上った この微妙な処が私には不満)

 五歳児と米寿のオセロ文化の日

 吾が子抱くごと藁塚を束ねゐて

 公孫樹落葉足弱滑るな滑るなよ

(「足弱滑るな滑るなよ」vs「足弱なれば転けるなよ」)

 懇ろとなるペン胼胝と芒傷

 再会や運動場は秋日の海

 妻の留守さざんかの花散り敷くまま

 枝の先の昼月ほうと帰り花

(「ほうと」は「呆と」と書くのであろう。)

 寺の子の宵待ち顔に秋祭

 蛇穴に入りせかせかと一と日終ゆ

(せかせかと一と日過ぎるや… こんな叙法もあろう。より自然体であろう。原句はどこか計算している風がある)

 秋渇き修行僧めくジョコビッチ

 十二神将それぞれの冬構へかな

(季語としての、冬構といふ言葉の遣い方が少しずれていませんか?)

 小春日や画架におかるる未完の絵

(「小春日や」vs「竹の春」「竹」と言う素材感を入れても面白かろう)

 杖持たぬことも自慢や十夜婆

(「や」vs「を」)

 色鳥来人形供養の寺の階

 神無月ビルの腹から電車出で

(東京者なら渋谷辺りと見当がつくところ…)

 水澄みて澄みて晒さる鯉の白

(「晒す」には、いろいろな意味があるが、ここでは「広く人目に示す」の意だろう)

 水澄みて脈々とゆく飛鳥川

 睡蓮の秋冷の色凝らしたる

 星月夜バツクひとつの帰り径

(「バツク」vs「バッグ」 「バッグ」が正しい)

 石蕗に蕾数多よ誕生日

 赤んぼをあやす声して良夜かな

 禅堂の厚き草屋根冬に入る

 霜除の土深深と何の畝

(深深とは、あたりがひっそりと静まりかえっているさま。土の色まで見えて来そう)

 村芝居大きな掌にて見得を切る

(「にて」vs「もて」)

 大熊手担ぎたるままコップ酒

 炭竈樫五百本火入れ待つ

 地に還るかそけき音に紅葉散る

 朝寒の嵯峨野にて逢ふ花売女

(「にて逢ふ」vs「を往けば」 「にて逢ふ」は少し説明的、丁寧過ぎ?)

 朝刊とりに出づれば小鳥来てをりぬ

(ゆったり感が何ともいい)

 長き夜やナースコールの点滅音

(「長き夜をナースコールの呼び出し音」)

 農日誌納屋に新米積むと書く

 飛沫より鮎のこぼるる下り簗

 微笑みを残して逝けり秋の果

 冨冨冨てふ新米届き人寄する

 風呂吹きやこれから続くひとりの餉

(暗澹たる行く末を思っている)

 文化の日古事記歌謡を朗誦し

 平成のその先見えず返り花

(年号改元に老い先不安を重ねている)

 母さんもきっといる筈踊りの輪

 忘れてはならぬに忘る山の講

(上五七の叙法面白し)

 本願寺の蝋燭手向け残る虫

 棉吹きて風にぬくみのありにけり

 門前のバナナを枯らす農学部

 落鮎や生簀に影を沈ませて

(「生簀に影を沈ませて」少し格好をつけ過ぎた感あり)

 陵の濠やにほどりすぐ浮かび

(「すぐ」vs「つと」 少しボヤカシておいた方がいいのかも。副詞「つと」は「さっと」「急に」の意)

 悴めり言い訳の嘘すんなりと

一生を半農婦かな石蕗の花

(一生を半農ぐらし石蕗の花 これなら秀抜。半農婦は苦しい。言葉として成り立つか?)



以上



by 575fudemakase | 2018-12-16 18:26 | ねずみのこまくら句会 | Trackback | Comments(0)

2018年 12月 ねずみのこまくら句会の諸句

2018年 12月 ねずみのこまくら句会の諸句


 一葉忌ペンを持つこと怠らず

 この冬も籠らむポケットにスマホ

 これはこれはとばかりに石焼き芋

 そう津峡のとことこトレイン秋惜しむ

 そぞろ寒堂の上履き草鞋にて

 そばかすの八百屋の娘毛糸帽

 たばこ屋の名残の小窓毛糸編む

 はや師走やるべき事を箇条書

 愛日や運慶五体仏を観て

 河豚刺しに透ける絵皿の山水画

 見目の佳き生簀の河豚を指名せり

 戸隠の水に締められ走り蕎麦

 行く年の築地に買へる玉子焼

 高輪てふ新駅ができ年行けり

 昨夜雨にものの影濃く十二月

(「昨夜雨に」で一端切れるのであろう。その続きの今日も「ものの影濃く」と言うことであろう)

 桜紅葉三日月濠へ散り込めり

 笹鳴きに耳そばだてて子の家なる

 山住みも良いものですと頬被り

 散紅葉弁柄格子滑りけり

 時雨るや数字はなやぐ乱数表

(上五の表記は平仮名であるべき。しぐるるや数字はなやぐ乱数表 とすべきである)

 煮返しの鰯崩るる一葉忌

 修験者の窟を顕はに枯木山

 小春日の葛根立て掛く海鼠壁

 賞味期限切れを捨つるも歳用意

 城址発掘進む駿府や鷹舞へり

 新蕎麦や使い込まれし箱階段

 新雪の常念岳(じょうねん)槍の穂を見せて

 人の世の殿につき冬ぬくし

 対岸の山に日の差す時雨かな

 大宇陀の坊に薬膳料理かな

 短日や野良着のポッケに疵薬

 中尊の朱唇の紅を足す冬日

 朝なさな富士観るたつき小春凪

 蝶出でてほっこり点る冬日向

 冬うららZ旗揚げてみかさ艦

 冬ざれて名札ばかりの薬草園

 冬の夜のみんな何かを待ってる灯

 冬菜青々衣冠装束密の墓

(「密の墓」とは「前島密」の墓であろう。三浦半島 横須賀 芦名の浄楽寺?)

 冬夕日ボルゾイ影を長く引く

 凍てし薔薇人はどこまで毀れゆく

 二股大根供ふ祠の神も留守

 日めくりの残り少なく懐手

 背開きのうつぼの干され冬怒涛

 煤逃げにあらず為すことなく遠出

 白鳥の朝日に染まり立ち上がる

 隼の猟場としたり三番瀬

 敷松葉雨を含みて雀色

 浮寝鳥天守の影に安らぎて

 綿虫を前後左右に野良帰り

 薬喰法外なこと言ひ出せり

 薬喰落石音に箸止まる

 余生など無くてもともと雪ばんば

 歴代の総理鴨居に時雨けり

 連山の漲る力霜強し

(霜強し蓮華と開く八ヶ岳(前田普羅)、強霜の富士や力を裾にまで(飯田龍太)が既にあるのでなかなか難しかろう。)

 路地を来る咳夫と思ひけり

 老ひぬるよ葛湯に温む夜もありて

 嵌めやるもすぐに手袋もてあそぶ

 撓むほどに実る金柑構はれず

大空へ大きな目玉冬の鯉

(大空へぎょろり目を遣る冬の鯉 なら秀逸)


以上


by 575fudemakase | 2018-12-16 18:21 | ねずみのこまくら句会 | Trackback | Comments(0)

2018年 9月 ねずみのこまくら句会の諸句

2018年 9月 ねずみのこまくら句会の諸句


 露草の露にや濡れむ朝の試歩

 林火忌や農衣に替えてより力

 揚花火思い出一つ二つ三つ

 幼馴染みいよよ大切生身魂

 約束の窯訪はぬまま夏終わる

(些事に夏の畢りを感じている、その辺の宜しさというところだろう)

 枕辺に秋富士ホテル最上階

 本尊に葦一本の盆の供花

 豊の秋空へと続く棚田かな

 板塀の内の人ごえ子規忌かな

(こうゆう句みていると、根岸の子規庵を訪れている実感が伝わってくる)

 独り旅してゐるごとく秋の蝶

 銅剣の数多出し谷蜥蜴馳す

 桃食うべ何がめでたい九十歳

(ベストセラー佐藤愛子の「九十歳。何がめでたい」をもじったか?私も実は読んだ)

 大文字山より御所へ鰯雲

 台風が運びしちちろ居着きけり

(「が運びし」?「に追われし」)

 窓に来て鳴くすいっちょの髭動く

(「動く」?「立派」 もうちょっと飛躍したい)

 相撲草抜くとて吾れの力瘤

(「吾れの力瘤」?「女の糞力」)

 掃苔や大雑把では済まされぬ

(「大雑把」と言う言葉の替りに「念を入れ」と言う言葉を私なら遣いたい。こうすると心の在りようがちょっと違ってくる。俳句は微妙だ。ところで、当句は自家の墓なのか他者の墓なのか?)

 爽やかや縄文美人ふくよかに

 世話やきの婆の接待地蔵盆

 数珠玉や大寺を出し野川縁り

(「出し」?「出て」)

 笑み給ふ露けき頬を掌につつみ

(これも主語を隠している)

(これもなかなかの句。一瞬、仏様のことを言ったのかと勘違いしそうになる)

 小流れに影泳がせて曼珠沙華

(こんな配置もよく見るところ)

 初嵐芋の葉擦れの音鈍く

 秋刀魚焼く夕風心地よくなりぬ

(「夕風心地よく」は、暑さも峠を越したと言う市井の実感を表現したものであろう)

 秋高し飛行場見学歩け歩け

(表現に工夫の跡が見られる)

 秋雲のすすむ速さよ盆が過ぎ

 種を採る蒔ける確約なきままに

 子規臥せし部屋に糸瓜の長き影

(長きは不要。「糸瓜影」とすればもっと多くのことが言える)

 子規庵の若き自画像小鳥来る

 四人目のこの子は誰似天高し

 黒蝶の影を離さず嵐あと

 高野聖名も疎ましく泥まみれ

 高砂百合あるなしの風捉え揺る

(あの形状に準じた表現を適用している)

 行く川の岸辺に沿へる竹の春

 湖に出てすぐ戻り来る秋の蝶

 孤独とはこんなものかも通草食べ

(「孤独」?「独り身」)

 峡銀座に自販機一つ蓼の花

 休み鵜の小屋鮎の香の強きかな

 帰られしあとのしじまや送り盆

(主語を曖昧にしているのがこの句の特徴。)

 汗を拭くたび老斑の殖ゆるかな

(老斑の殖ゆる思ひも汗拭くたび 「かな」は少し問題だ。一歩引き下がった表現も時に必要ではないか?)

 歓喜天外の稲妻を知らざりき

(彼の象頭の秘仏を見れば、この程度の句は誰でもひねり出せるであろうと推察される)

 噛み捨てて渋抜けきらぬ百匁柿(ひゃくめ柿)

(「噛み捨てて」?「ほき出して」)

 海女小屋にうすき灯とどく盆踊

(「うすき」? 濃い薄いの薄い?ふーむ?)

 花野にて今はの顔を自撮りせり

(「今はの顔を」?「今はの顔よと」 少しおどけた感じにした方がよさそう…)

 押せば開く教会の門小鳥来る

(「押せば開(あ)く」の自然体表現がよろしかろう)

 奥出雲舞茸料理を大盛に

 鵜飼果て波の裏まで月照らす

(「波の裏」?)

 鰯雲バッグにいつも文庫本

 一切れの残りし梨に錆浮けり

(梨は錆やすい。それを判りやすく言った)

 やはらかく掌を蹴り上ぐるばったの子

(原句のままでは散文の一部かとも… 俳句はもう少し叙述にメリハリついたもの)

 はらからの吾れのみ残る愁思かな

(「愁思かな」?ここで収まっちゃっていいのかな?)

 とつときのイエメン珈琲敬老日

(素材だけを押し出した句。評価は蓼喰ふ虫に任せよう)

 お供はいつも連名地蔵盆

(「お供はいつも連名」辺りに市井人らしさが出ていていいじゃないですか?)

 おもとの実の紅に寂しさ失せにけり

(万年青の實老いの寂しさ払拭す)

 あなたより現れてあなたへ鷹渡る

(「あなた」のリフレイン少しうるさいと感ずる人も居るかも…?)


以上



by 575fudemakase | 2018-10-21 18:31 | ねずみのこまくら句会 | Trackback | Comments(0)

2018年 8月 ねずみのこまくら句会の諸句

2018年 8月 ねずみのこまくら句会の諸句


 「不忘の碑」青嶺を映す黒御影 兜太揮毫

 あの世行く心地に霧の大花野

 オアシスのかレーズ思ふ熱帯夜

(熱沙をゆくカレーズさしづめ山清水 何故山清水なのか?遠地の日本に結びつけたいが為である。想いは既に日本に飛んでいる。山清水は日本に固有なものである。山の無い砂漠を揶揄しているのである。)

 おしやべりや玻璃を隔てて作り滝 

 お台場に潮のひた寄す鯊日和

 さざ波の湖に山並秋の声

(高点句になるでしょう。只、類型感はある。類型感があるから高点句になる。その辺を理解していないと何処かで足を救われます。一般的に言えば、高点句は御用心なのです。)

 たとうれば薤露(かいろ)のごとき命かな

(成語「薤露」の中に既に「命」の本意が含有されている。即ち「命」は「命」だと言っている。論理学で言うトートロジーだ。内容は唯それだけだ。)

 ちちははの歳にとどかぬ端居かな

(せめてちちははの逝った歳までは生きたいものと願う懸命があって素直と思う)

 ビール酌む云はずもがなの暑さいふ

(「酌む」vs「酌み」)

 ひまわりや北の大地の果てしなく

(これは絵ハガキだ。言葉だけが立ち上がっている)

 ベッドメイクシーツ真白に暑に耐ふる

 ポンポンとテニス青嶺は雲を脱ぎ

 リスボンの居酒屋のファド晩夏光

(これは未だ絵ハガキの域にとどまっている)

 わが齢ねぢ花の秀のこのあたり

(富士登山の今何合目?の言い方と同義だろう)

 悪夢覚め厠窓辺のひでり星

 遺し征く妻の裸婦像終戦忌

(これも絵ハガキだ)

 遺産相続意見平行冷房裡

(「意見」vs「話」)

 印象派白い日傘に青い服

(何となく気になる一句に仕立てた)

 雲の峰抱く児は手足ばたつかせ

 猿が枝に掛けたる小蓑さるをがせ

 何といふ小さな私夏の海

(「夏の海」が一寸茫洋としている。私と海の位置関係がハッキリしない。それを解消したいなら下記はその一例。何といふ小さな私デッキの夏。デッキは船上甲板という立ち位置。)

 夏空や水平線に島が乗り

 夏痩せて常の一杖ふと重き

 寡婦吾れに残生長し百日紅

 蚊遣り腰に女園丁熊手掻く

 会ふ人ごと怒つたやうに暑さ言ふ

 絵と文の叫びぞ無言館灼くる

(句は未だ絵ハガキの域を脱していない)

 空港ピアノザックを肩にせしままに

 原爆忌富士穏やかに坐してをり

(富士に対する安心感が生み出した句と思う)

 広島忌魚の目玉を突きては

 高麗郷の産土を練る祈雨の龍

 山寺の本堂に坐す今朝の秋

 山荘へ白き矢じるし柳蘭

(色彩の交響が美しい)

 山百合を踏みつぶしゆく戦車かな

(富士山麓在住者の句だ)

 飼ひし亀逃がし目高に転向す

(あっさり撤退。高齢者は簡単に心変わりする)

 手が覚えをり故郷の盆踊

 手を入れて噴井の掴みどころなし

 首出して亀が息吐く大暑かな

(「首出して」vs「首突き出し」)

 出水あと蟹腰高に歩きをり

(「歩きをり」? 「歩きをり」vs「大堤」vs「田圃みち」)

 女盛りわたしにありし盆踊

(「にありし」vs「にもある」 現在形になるが、臨場感は大。「懐古」と添え書きを付ける。)

 小津映画とつとつ語り夏炉焚く

 小津旧居夏炉話に原節子

(小津が二句並んだ。後句が勝る。前句の「とつとつ」は常套の合わせで多少減点要素か?)

 森林浴足取り軽く出でにけり

 水の裏目高くすぐる昼下がり

(「水の裏」vs「水面を」。「水の裏」は果たして適語か?と言うより熟している言葉か?)

 星よりも明るく富士に登山の灯

 走馬灯ゆつくり回る葬りかな

 滝壺の水は羽得て舞ひ上がる

(「舞ひ上がる」vs「煙(けむ)と舞ふ」)

 脱衣所に遊びの足りぬ浮袋

(「遊びの足りぬ」は一寸間延びしている用語、言うなら「遊び足らずの浮袋」。この他に以下の展開もあろう)

(脱衣所に投げ出しありぬ浮袋)

(吊し干し遊び足らずの浮袋)

 竹割りしやうに生き来ぬ竹の花

(果たして季語効いているや?)

 通行人ABCに紙の月

(この句の言いまわしが面白い。彼の十返舎一九の東海道中膝栗毛の面白さは狂言の「状況説明文(地の文)」と「台詞」の掛け合いの面白さにある。当句はその「状況説明文」に当たろうか?。膝栗毛を未だ未読の方は是非一読くだされ。続いて「浮世床」「浮世風呂」等も。江戸戯作が如何に優れた物であるか実感出来よう。)

 庭下駄の湿りはつかに今朝の秋

(一寸常套的なところあるが…)

 庭花火揃えし亡夫の下駄照らす

(世の中には、用語「亡夫」が気になる人と気に成らぬ人が居よう。私は前者。私の流儀だとこうなる。連れ合ひの下駄を照らせる庭花火。「揃え」は無くなるが、意図すべきは伝わると思う。現在形が気になるのなら、懐古と添え書きを付せばよい)

(亡父(ぼうふ)、亡母(ぼうぼ)考

私が調べた限り、亡父(ぼうふ)、亡母(ぼうぼ)、亡夫(ぼうふ)、亡妻(ぼうさい)と言う言葉は辞書にある。

亡父(ぼうふ)、亡母(ぼうぼ)については別に、先考(せんこう)、先妣(せんぴ)や考(こう)、妣(ひ)の言い方がある。前者が新しく、後者が古い使われ方だろう。

亡夫(ぼうふ)、亡妻(ぼうさい)については、別の言い方は存在せず。個人主義が確立された時代以降に使われ始めたと推察される。私の言い分は古い言い方があるのなら、古い言い分を踏襲すべきと思う。ましてや江戸からの伝統ある文芸である俳諧では…。これで私のわだかまりは無くなる。スッキリするのである。)

 入魂の一球打たれ夏終わる

 熱帯夜呆けた顔の月があり

 背の闇に大き富士ある踊かな

 白樺の木立抜け来る滝の音

 八月や幾万の穴掘られしか

(いい俳句と思うがさて、現俳協関連者辺りに同様な句がないかどうか?)

 秒針に影の従ふ夜の秋

(悪くはないが一抹の心配は類型臭がありますよと言うこと。同感の人は一方先へ行けますよと言うこと。)

 風音も身に入む松の廊下跡

(確かに江戸城跡に記念碑等あるようだ…)

 墓灼くる水を掛けても掛けてもや

 暮らし向きなにも変らず一葉落つ

(世は移り変われど微動だにせぬ「一葉落つ」の本意。庶民生活を対峙させた)

 訪ふ姉に一病ありて盆の月

 盆棚に朝取り野菜の赤・黄・青

 末伏や投薬のあと一日分

(高齢者片時も薬を手ばなさぬ日々。薬を飲んだかの点検も大事中の大事。)

 無為無策ひたすら蟻の列眺む

 霧深き落葉松樹林鳥一語

 夕端居ふるさと便の荷を解きぬ

(「ぬ」vs「つつ」)

 浴衣帯値をきけば良く締まりさう

(値は高いのか低いのか? 無論前者でしょう。句の攻め方が気が利いている)

 落葉松の松笠拾ふ夏休み

 涼しかり鯱の群れ過ぐ船の旅

(「群れ過ぐ」vs「群れ並(な)む」。並んだ方が涼しそうだし、臨場感がある。)

(「涼しかり」vs「大南風」vs「入道雲」 言いたいのは「涼しかり」よりいい季語がないか)

 霊柩車待つ玄関の蝉時雨

(「玄関の蝉時雨」は言葉がチョツト詰まった感じがする。「玄関」は本質的に必要か?以下ではどうか?霊柩車待つ間を暫し蝉しぐれ)

 老犬の片耳微動溽暑なる

(何処か類型をかんじるが、一句は一句か?)

 驟雨来るはや煮崩れてじゃがたらいも

(驟雨と煮崩れの関係面白し、それに「じゃがたらいも」と邪慳に言ったのもこの句の味だ)

森林浴聞き分けてをり鳥の声

(私流だともっとざっくばらんに遣る。 鳥の声なんのかんのと森林浴)

鯵釣りの夕陽の綺羅を釣り上ぐる

(まあ出来ているかと言えば出来ているのでしょう。特に鯵といふ魚が利いているのでしょう。)

前世は闘鶏ならむ鶏頭花

(「闘鶏」から「鶏頭」への飛躍が小さいのが不満。)

鬼灯のひと鉢下げて向島

(一言で言えば出来過ぎ。これ以上申し上げたら言い過ぎになる。評はここまで。)

墓洗ふまだお迎えははやいわよ

(七五の処理が私の期待に届かない。私流だとこうなる。

墓洗ふ「まだお迎えははやいわよ」と

墓洗ふ「まだお迎えははやいわ」などと)


以上



by 575fudemakase | 2018-10-21 18:30 | ねずみのこまくら句会 | Trackback | Comments(0)


俳句の四方山話 季語の例句 句集評など


by 575fudemakase

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《方法1》 残暑 の例句を調べる
先ず、右欄の「カテゴリ」の「秋の季語」をクリックし、表示する。
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全部を表示下さい。(全表示に多少時間がかかります)
次いで、表示された内容につき、「ページ内検索」を行ないます。
(「ページ内検索」は最上部右のいくつかのアイコンの内から虫眼鏡マークを探し出して下さい)
探し出せたら、「残暑」と入力します。「残暑 の俳句」が見つかったら、そこをクリックすれば
例句が表示されます。

尚、スマホ等でこれを行なうには、全ての操作の前に、最上部右のアイコンをクリックし
「pc版サイトを見る」にチェック印を入れ実行下さい。


《方法2》以下はこのサイトから全く離れて、グーグル又は ヤフーの検索サイトから
調べる方法です。
グーグル(Google)又は ヤフー(Yahoo)の検索ボックスに見出し季語を入力し、
その例句を検索することができます。(大方はこれで調べられますが、駄目な場合は上記、《方法1》を採用ください)

例1 残暑 の例句を調べる

検索ボックスに 「残暑の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「残暑 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【残暑】残る暑さ 秋暑し 秋暑 【】=見出し季語

例2 盆唄 の例句を調べる

検索ボックスに 「踊の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「踊 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【踊】踊子 踊浴衣 踊笠 念仏踊 阿波踊 踊唄 盆唄 盆踊 エイサー 【】=見出し季語

以上 当システムを使いこなすには、見出し季語をシッカリ認識している必要があります。

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