カテゴリ:句集評など( 101 )

一匹ふくろふ❗

一匹ふくろふ❗

東京新聞 TOKYOU web
俳句 人間 自由であれ 芭蕉追って60年「一匹フクロウ」矢島渚男さん(俳人)
2018年3月3日

 「私は一匹オオカミならぬ一匹フクロウ」。俳句の世界で最高とされる蛇笏(だこつ)賞を矢島渚男(なぎさお)さん(83)が一昨年、句集『冬青集』で受けた折にこう述べた。大きな協会に属さない姿勢と、主宰する俳誌『梟(ふくろう)』にちなむ自己紹介だ。一九五七年、石田波郷に師事して本格的に始めた句作は六十年を超す。同じく青年期からライフワークとする古典俳諧の研究でも昨年、松尾芭蕉が『おくのほそ道』を推敲(すいこう)した過程に迫る『新解釈「おくのほそ道」』を刊行。大きな実りを迎える「一匹フクロウ」の俳句人生を今こそじっくり聞こうと、長野県上田市の自宅を訪ねた。
 「よく考えたら、オオカミと違ってフクロウはだいたい一匹でいますけどね」。書斎で穏やかに笑うその姿が、「知恵の神」であるフクロウとどこか重なる。
 「六十年やってて、何でこんなにへたなんだろうと思う。芭蕉は亡くなるまでずっと昇り続けた人。そうありたいもんだけどね」。「へた」とは、単に謙遜ではない。今なお他人の目にかなった句しか発表せず、『梟』に載せるのも句会で選ばれた数句だけ。「俳句は短いから、いい気になりやすいんです。独り善がりが一番怖い」。笑みは消えて、真剣な顔で語る。
 芭蕉との出合いは高校時代。国語の教科書で『おくのほそ道』を読んだ。正直言って分からなかったが、宿題でもないのに内容について論文を書いた。「分かんないのがしゃくで。何を書いたか忘れたけど、よっぽど引きつけられたのは確かですね」
 もっとも、俳句と芭蕉にすぐのめり込んだのではない。学生時代は海外文学に傾倒したが、ひょんなことで縁が再び結ばれた。「今の女房と出会って家に行ったら何と、おやじさんが俳句をやってたんだ」。加藤楸邨(しゅうそん)の『芭蕉秀句』を借りて読み、やがて波郷に、その没後は楸邨に師事した。「そのうち師匠のまねだけではだめだと思って、俳句の歴史をさかのぼった。高校の時の思いがどこかで続いてたんでしょうね」
 しかし芭蕉はやはり難解で「いきなり取り付くには歯が立たない」と感じた。地元の高校に教諭として勤めつつ、上田ゆかりの加舎白雄(かやしらお)や与謝蕪村ら江戸期の俳人を研究。『おくのほそ道』について『梟』でついに連載を始めたのは六十代に入ってからだ。
 「芭蕉は自句の解説はほぼしていない。謎を残し、何かを心の中に隠していたような生き方に引かれます」。連載では、『おくのほそ道』の初稿と最終稿を詳しく比較。たった一文字を繰り返し書き換えている生身の姿を浮き上がらせた。「ぼくは芭蕉を俳聖、神様と祭り上げはしません。同じ人間として見るからこそ彼の文学は素晴らしい」
 書斎の棚には、多くの本はもとより愛好するクラシック音楽のCDや古美術品、「好きで集めている」という貝殻が並ぶ。「年を取ると、貝って偉いなあと思えてね。人間は骨が残るかどうかだけど、貝は立派な貝殻を残す」。『冬青集』にもこんな句がある。<蝶(ちょう)は翅(はね)貝は貝殻のこし秋>
 これにとどまらず自然を詠んだ作品は多い。「人間も自然の一部。それを忘れるから間違いが起こるんですよ」。最近では、植物にも意識や感覚があるという話を聞いてこう詠んだ。<枯草は根で考へるハルハクル>。寒い信州の冬。「早く春が来ればいいなって気持ちが草にもあるとしたら、考えてるのは根っこじゃないかと思って」
 そうした思いから冬季五輪まで、話題は尽きない。「興味を持ったことは何でも詠む。俳句も人間も自由でなきゃ。何かをつくるってことは自由でなきゃ」。八十歳を過ぎて少年のような闊達(かったつ)さ。その根本にあるのは、幼いころの体験だ。
 十歳で終戦を迎え「それまでの価値観がひっくり返った」と振り返る。夏休みが終わると先生の言うことががらっと変わり、教科書に墨を塗った。「だから、信念とかナントカ主義っていうものは、どうも信じられない。既存のものはまた簡単に崩れるんじゃないかって。へそ曲がりなんだ」。ひょうひょうとした語り口の裏、時代と俳句に注いできた視線が静かにひそんでいる。 (川原田喜子)

冬青集 を読んで(高澤良一)
矢島渚男 第九句集 ふらんす堂 2015・5・3

あとがきにもあるように、果敢な試行の記録である。

共鳴句を挙げる

三伏や火の入りまじる中華鍋
稲子取る幼子籠に草詰めて
つめた夜の静かな水を飲みにけり
嬉々として地衣類に冬めぐりけり
ゴンドワナ大陸も須臾年移る
ほれほれと円空仏も日向ぼこ
きさらぎや鰊の小骨絹光り
春浅し佐渡の鮑に海の草
雉鳩が塀をよちよち春の雨
蜥蜴らにジュラ紀の眼麦の秋
痩せぎすの美形一団野のあやめ
はればれと山打ち揃ひ秋の草
指を入れ掌をあて秋の水
暗き世を諾はむとす秋茗荷
水引に朝の光のあらはるる
炎上の伽藍をかさね曼珠沙華
蝶は翅貝は貝殻のこし秋
温め酒ことし茸の山踏まず
眠る山鯨の骨が崖に出て
ほの前といふあたたかな言葉かな(松山弁にて屁を言ふ)
實朝の船を虚空に春の浜
花びらの彩る田水満ちにけり
赤貝に生えてゐる毛や春惜しむ
牡丹の蕊にふかふか金亀子
鰯雲旅のをはりの心地して
秋の寺水中ミミズ長く赤し
死は誰も無念波郷忌近づくも
注連縄に撚られし藁の誇らしく
歪みたり焚火の向う側の人
犬は犬を呼びとめてをり春の暮
擽つたさうに膜つけ葱坊主
では剥いてやろ空豆の宇宙服
目に青葉三葉虫の化石に目
煮凝の固作りなる老舗かな
細切れに野菜を干して妻の冬
高足蟹深海にかく脚のびし(戸田)
あをぞらに波の音する春の富士
クッ・ホッと応答白鳥家族春
花ちるや近江に水のよこたはり
道端の好きな雀の茶挽かな(路傍の草三題)
穂を出して狸蘭とぞ狸の尾(路傍の草三題)
たつぷりと大蒜おろせ梅雨鰹
うすべりの波打つてゐる極暑かな
追ひついて並んで歩く冬の草
メエーと啼けばめえといふひと冬うらら
ずんぐりの山むつつりと雪がきし
冠雪の胸飾りして初浅間
空洞を育てる冬の欅かな
われもまた雪が包んでくれるもの
ひろびろと来る春を待つ田螺かな
春惜しむモーリタニアの蛸の足
雨あとの道跳んでをりあめんぼう
萍をつけて浮びぬ青蛙
ひとりづつ持ってみんなが猫じゃらし
太刀魚に擦傷さだか秋澄めり
綾紅葉多武峰からの明日香村
鈴舎に佐々木幸綱暮の秋(偶会)
じとじと雪助惣鱈の目が赤し
鳥追の子供の上に雪が降る
雪降って降りぬく成人の日なり
われわれも何かであるさ寒の星
残雪や焼き枯らしたる岩魚の目
さくら咲き水晶体のにごりゆく
汗拭いて目薬さして仕事せず
かの少女運動会のいつも隅
マスクして直立歩行哺乳類
カーリングストーンへ赤子あやす声
巌陰の堅香子に寄せ舟下り(天龍川)
系統樹魚までたどり春の宵
つくづくと芽のものうまき五月来ぬ
黙り込む諸仏諸菩薩著莪の花
編む音のすでに涼しき葭簀かな
読みさしに緑の蜘蛛が走りけり
愛くるし山薄荷属ヒキオコシ
秋たのしポポーも食用ほほづきも
山々の木の実を撒いて小鳥たち
いつも冬にあり木星の子だくさん
過ぎし日のやうに雪降る積りそむ
豪雪につかまれ里の見えずなる
手袋となりし獣の一部かな
南海の墓にトートーメーギの実(石垣島、トートーメーギは先祖の木、柾)
ユーナ咲け俵万智さん暮らす島
よき仕事する蚯蚓らに土尽きず(四億年土を耕す)

以上

by 575fudemakase | 2018-12-13 07:45 | 句集評など | Trackback | Comments(0)

茨木和生句集「潤」を読んで

茨木和生句集「潤」を読んで

第十四句集 2018・10・28 邑書林発行


今回も玉集ご恵送頂き深謝。


共鳴句挙げさせて頂きます。


正月もおまへん鹿の悪さには

賑やかに門の神棚作らばや

絵暦の鳥獣世界賑へり

水槽に鯛が足されて春近し

鶏犬の声がのびやか山桜

なかなかの面蜂酒の雀蜂

熊野ならではの卯波の寄せにけり

竹幹をひびかせて鳴け時鳥

雷に手ごろな高さ神杉は

天牛の体を立てて飛び来たり

小名浜の鯖と出されて得心す

船虫の逃げ場の多き漁港かな

このところ肝斑(しみ)を気にされ蝉衣

なかなかの濁世といひて生身魂

一悶着起こす奴ゐて薬喰

陸陸とせる梟の寝顔かな

神島の神は日の神お元日

楢枯れの平群の山を初景色

日差よき山家の縁に投扇興

産土のお下がりなるよ粥柱

骨正月九絵の粗なら何よりと

海鳥が飛べり銀座の春の空

霜くすべくすべておいて戻りけり

山高く棲みゐる家の吹流し

朴の花見下ろす道をとりにけり

日戻りといひて出漁初鰹

東吉野村

ここいらはなにごとも旧粽結ふ

かこひゐるとは深吉野の蝮酒

ぐい呑みがよかろと出され蝮酒

深吉野の草木すこやか水の秋

崖道を這うて来たるは落鰻

鹿鳴けり山畑にまで下りて来て

この世よりあの世にぎやか翁の忌

近江今津

湖の漁は昼まで小六月

初氷魚よと丁子屋の膳に付く

冬うらら煙の中の火の色も

暮石似の人もゐるもの頬被

軽震と思ふ初湯殿にをりて


二月二十一日の妻は

青空と言葉でいへて春の昼


二月二十四日、孫の恵が妻に「おばあちゃんはじいちゃんをどう思ってるの」と聞くと「だいすき」という。

ダイスキが最後の言葉春日差


野に遊ばむ命生き切りたる妻と

三月も終りの雑木林かな

妻と来しことのある野に青き踏む


以上




by 575fudemakase | 2018-11-24 09:55 | 句集評など | Trackback | Comments(0)

朝吹英和句集を読んで

朝吹英和句集を読んで

現代俳句文庫 ふらんす堂 2018 9・25発行


共鳴句を挙げる。


遠浅の海に腕組む晩夏かな

潮の香や二の鳥居まで蝉時雨

一棹の箪笥に余る夏の海

水澄むや黒曜石の鏃研ぐ

噴煙の上がらぬ浅間ばつた飛ぶ

黒犀の喇叭の耳や野分来る

撃鉄に指のかかりし星月夜

聖体を拝領したるきりぎりす

フルートの開く地平や冬薔薇

マーラーの凍てしホルンや座礁船

脚注の多き書物や御降りす

調律の単音高し深雪晴

ピッコロに金のイニシャル風光る

背表紙の糸の緊りや濃山吹

梅雨鯰玉かんざしを咥へけり

聖堂に青きサーベル巴里祭

焼玉の焦げし匂ひや雲の峰

終点に持ち越す話竹煮草

炎昼のトロンボーンの欠伸かな

草田男忌車軸の雨となりにけり

遠き日へ降りる階段蝉時雨

隠れ家に忘れし時間蛇の衣

風待ちのグライダーまで秋の蝶

とんばうの眼に悲しみよこんにちは

恐竜の卵を統べし星月夜

霜月のネガより起こす時間かな

風花や一音欠けし自鳴琴

石庭に亀の足音初時雨

息の根を止めるつもりの氷柱かな

書き写す聖書の言葉梅真白

梅東風や吊りもの多き玩具店

花冷えや聖杯騎士の槍長し

永き日の水の廻廊ボレロ鳴る

吾もまた地に還るもの草青む

五線譜を零れし音符鳥交る

降り注ぐラヴェルの和音新樹光

サルトルの蒼き横顔熱帯魚

仲見世の裏側赤き梅雨入りかな

夏暁やカミオカンデに犀沈む

瓜冷やす水に映りし孤心かな

機関車の率ゐて行きし晩夏かな

小太鼓にボレロのリズム秋澄めり

糸口を芒ヶ原に探しけり

一線は越えゆくものぞいぼむしり

星雲のことなどしばし暖炉燃ゆ

ストーブを囲みし髭の白さかな

消壺に取り込む冬の夕焼かな

フルートの麗人春の使者ならむ

瞑想のチェロの森より春の鹿

恩師みな天上のひと辛夷咲く

三本のホルンに春の虹立ちぬ

春陰の奈落に軋むチューバかな

先陣を切りしフルート聖五月

母の日や老犬の背さすりつつ

サックスに抱かれし女明易し

ひとしきりアラスカのこと星涼し

二重線増えし名簿や土用波

黒帯の少女の蹴りや天高し

角材の切口香る年の暮れ

果てしなき死者の点呼や虎落笛

追悼 磯貝碧蹄館

握る手の永遠の温もり花月夜

弔問の途切れし櫻吹雪かな


以上



by 575fudemakase | 2018-10-14 13:50 | 句集評など | Trackback | Comments(0)

永瀬十悟句集「三日月湖」を読んで

永瀬十悟句集「三日月湖」を読んで

2018・9・12 コールサック社


御本は袖珍本タイプで手に取り易い。


逢ひに行く全村避難の地の桜

原発事故それからの日々夕かなかな

一山の除染袋に雪降り積む

四千キロ来て白鳥の睦む村

しづかだねだれもゐないね蝌蚪の国

目かくしのままの雛よ標葉郷

除染土に咲くあれこれや明日葉も

地を這って咲く白藤や請戸小

夏草やスコアボードはあの日のまま

滴りの行き着く先の汚染水

これほどの雁この湖の何が好き

たんぽぽや津波の砂の残る坂

津波の地ひと刷毛にして春の雪

破船あり花菜あかりに包まれて

津波より残りし島の芽吹かな

海光や仮設市場に春の蠅

再会は海にほふ駅風光る

土削る除染よそこは雲雀の巣

ヘッドライトの先は泡立草ばかり

子を寝かす頭上白鳥帰るこゑ

どこからかカリンカの歌木の根明く

春暁やまつさきに照る馬刀葉椎

ひとり見る桜何ともつまらなし

花かんば教会の扉の開けてあり

ひばり雲雀なんだか楽しくなつてくる

蝌蚪のほか何も動かず山に雨

稚児百合に木洩れ日といふ贈り物

縄張に来るなと雉がかあんと鳴く

田植機の泥落ち国道四号線

海見えるほか何もなき夏座敷

目高より目高の影の大きかり

夏の航塗り立てペンキにほひけり

小児病棟窓に向日葵ひとつづつ

箱眼鏡この世の音の消えにけり

大なめくじ這はせて橅は母なる木

子安地蔵花火の屑が落ちてゐる

干涸びてゆきつつ進む大蚯蚓

白玉の出て縁側に座を移す

あめんぼの重さの水の凹むなり

道を往く人は亡きひと青簾

南無と云ふ顔して石に雨蛙

ざりがにのバケツ掻く音子は眠り

水鉄砲顔を撃たれてより本気

水に入り桃のお尻の回り出す

田の色の新兵衛池より始まれり

放し飼ひの鶏の声棉を摘む

足上げて水切る猫や秋の雨

馬術部と手書きの板や櫨紅葉

霧晴れて農場にほひはじめけり

天の川子の部屋にまだ世界地図

トルソーとなる黄落の中にゐて

川にもどす小さき魚も秋の色

唐紙の染み鳥になり象になり

雪嶺や青磁の空をうかべたる

炭の香の凛とありたる座敷かな

仏像に微かな朱色山眠る

風呂吹の真中の白に至りけり

産みたての卵の温み初山河

白鳥の助走の頸の前へ前へ

綿虫は吐息のやうに降りて来る

手紙出す雪の橋より魚見て

志望動機あれこれ夕焼美術室

満月を相手にシャドウボクシング

自分らしく働きたいと春を待つ

水売にどこから来たと聞かれけり

いつまでも長距離バスに西日差す

春近しまたたきもなくにじむ星


以上





by 575fudemakase | 2018-10-08 02:35 | 句集評など | Trackback | Comments(0)

渥美清句集「赤とんぼ」再読

渥美清句集「赤とんぼ」再読

渥美清句集「赤とんぼ」は そんじょそこらのオイチャンオバチャンの句集よりも
遙かに勝る。


コスモスひょろりふたおやもういない
赤とんぼじっとしたまま明日どうする

あたりが当句集の代表句だろうが 山頭火ばりの文芸性をねらった句やそこそこの句
を除いて 真に寅次郎目線の句はどこかと探ったのが以下。

山吹キイロひまわりキイロたくわんキイロで生きるたのしさ
お祭りで朝から太皷で下駄新しく
ひるがおなに思いさくすべてむなしく
なりひらきひとりめしくうみつくちの男
蚊がプーン遠くに飛行機がブゥーンひとり寝ている
むきあって同じ茶すするポリと不良
ステテコ女物サンダルのひとパチンコよく入る
いまの雨が落したもみじ踏んで行く
そのはねであの空飛んだか置物の鷹
好きだからつよくぶつけた雪合戦
らっきょうコリコリかんでむし齒が無い
ゆうべの台風どこに居たちょうちょ
名月知っているのか移り変わりを
枝豆齒のない口で人のよいやつ
秋祭りはなおきつく空高く
ぶどうすこしのこり小虫飛ぶ
テレビ消しひとりだった大みそか
鍋もっておでん屋までの月明り
退陣よりお披露目似合う人であり
そばあっけなく食って扇風機
はえたたき握った馬鹿のひとりごと
いま暗殺されて鍋だけくつくつ
福引の餅網ふたつ風寒く
ヘアーにあわたててみるひるの銭湯
日のおちて蝉逃げるように鳴く残暑
渡り鳥なにを話しどこへ行く
冬の朝ひとり言いって着がえてる
一っ杯めのために飲んでるビールかな
初めての煙草覚えし隅田川
蛍消え髪の匂いのなかに居る
団扇にてかるく袖打つ仲となり
はだにふれとくしたような勝力士
股ぐらに巻き込む布団眠れぬ夜
いわせれば文句ありそなせんべい布団
年賀だけでしのぶちいママのいる場末
枝豆を噛む口許や話好き
汗濡れし乳房覗かせ手渡すラムネ
新聞紙通して秋刀魚のうねりかな
パイパイにつつまれし夢ハンモック
だーれもいない虫籠のなかの胡瓜



今は亡き渥美清こと田所康夫に最敬礼


献句
夕焼けに挙げ句の果ての寅次郎  良一

by 575fudemakase | 2018-07-06 03:02 | 句集評など | Trackback | Comments(0)

木村かつみ句集「猫の椅子」を読んで

木村かつみ句集「猫の椅子」を読んで


2018・4・1 ふらんす堂 第一句集


以下、共鳴句を挙げる。


心奥に曙光の海や金盞花

横たはる勿忘草の名をかりて

標なき空へ無数の紙風船

ビバルディの冬のさよならスイトピー

燕来る国道横の美容室

新樹光わたしは此処と叫びたし

梅雨の星ビル・エヴァンスの夜が明ける

ブラインド越しのかなしみ額の花

その姿魔女のしわざか蛇いちご

夏帽子ちょっと中島みゆき風

地球に赤い羽根戦車はいらない

神様がくれた青空花八ツ手

わたくしのコートの中の虎哮る

初晴や折紙の鶴生まれたて

黄水仙少年のまま老いにけり

水草生ふ渋谷を歩く人形たち

中天に朱の糸ほどき雲雀鳴く

逝く春や「じゃあね」の風に送られて

(「じゃあね」は曲名、谷川俊太郎作詞・高石ともや作曲)

ゆで卵歩きだしさう春暑し

劇場のカサブランカに死の匂ひ

鉄錆に千の爪あと原爆忌

コルトレーンの終はらない夏万華鏡

全身が刹那のなかへ大花火

何時よりか化粧を忘れ鳳仙花

赤まんま風吹くときの独り言

日だまりに退屈さうな穴まどひ

かあさんの歌に始まるひよんの笛

雑草の輝きを知る冬の朝

レノン聴く冬のぶらんこ一人きり

踏んばって生く踏んばって生く霜柱

一呼吸おいて旅するしやぼん玉

それぞれの時の岸辺に咲く桜

月面を漂ひながらハンモツク

沙羅の花一日見てゐるふしあはせ

足元の蟻生きてます私も

街に出て思ひ思ひのサングラス

陰口は嫌ひ葉唐辛子が好き

一切をハンカチーフに折りたたむ

香水の小瓶に沈むエーゲ海

青林檎こころに今も水平線

月光を着る恋猫へグッドナイト

春昼や看板猫の大欠伸

天窓の星をとる猫ヒヤシンス

猫の尾が島唄を呼び花でいご

籐椅子は猫とわたしを置くところ

縁台に「裸のマハ」のやうな猫

秋の雷鏡の中に消えし猫


集中、好みで言えば、次句あたりが最も好きである。


心奥に曙光の海や金盞花

夏帽子ちょっと中島みゆき風

神様がくれた青空花八ツ手

わたくしのコートの中の虎哮る

水草生ふ渋谷を歩く人形たち

中天に朱の糸ほどき雲雀鳴く

逝く春や「じゃあね」の風に送られて

(「じゃあね」は曲名、谷川俊太郎作詞・高石ともや作曲)

何時よりか化粧を忘れ鳳仙花

雑草の輝きを知る冬の朝

一呼吸おいて旅するしやぼん玉

月面を漂ひながらハンモツク

陰口は嫌ひ葉唐辛子が好き

一切をハンカチーフに折りたたむ

春昼や看板猫の大欠伸

籐椅子は猫とわたしを置くところ

縁台に「裸のマハ」のやうな猫



以上


by 575fudemakase | 2018-06-01 11:32 | 句集評など | Trackback | Comments(0)

永田和宏歌集「午後の庭」を読んで

永田和宏歌集「午後の庭」を読んで

第13歌集 2017・12・24 発行 角川書店


以下共鳴句を挙げる。

尚、歌集前半は妻河野裕子を失つて、まだ一年も経たない時期の作と「あとがき」にある。


引きとめる念(おも)ひも力も弱すぎて君を失ひ夏を失ふ

よく生きたよくやったよと告げたきにこの世の夏がまた巡りくる

最終歌集「蝉声」のために

君が残せし言葉を拾ふために来る淳が来て紅(こう)が来てこの夜の卓

あなたとふ君とふ言葉に立ちどまり立ちどまり進まぬ夜の校正

買ってやる誰もなけれど空港の宝石売り場をぶらりぶらりと

コスモスの揺れの間に間に見えてゐし日本手拭があなたであった

いっせいに四人がわれに跳びついてはじき出されし三番目が泣く

さらさらと欅落ち葉す無遠慮な柿の落ち葉の音もまじへて

晩年とふを持たざりし君の悔しさを誰かがわかってゐてはやらねば

遺し逝くはうの辛さをまた思ふ わが母の場合妻の場合

子も猫も吾もまとめて鼻を撫できみが親指の元気だった頃

トムが死にあなたのあとにムーが死にきほんとにあなたの望みどほりに

おかへりと言うてもくれぬ門口の桜の枝をくぐりて入りぬ

喪の家となりたるゆゑに山ざくら淳が植ゑたり庭の斜りに

喪の家にもしもなつたら山桜庭の斜(なだ)りの日向に植ゑて 河野裕子

金輪際ともに見ることもうあらぬ桜たとへば高遠の桜

間の抜けた鯉の扇子は君が購ひ無くさないでねと念を押したり

けふは三度も大声出して笑ったと懺悔のごとく風呂に思へる

もっともっと疲れて今はゐるのだがかはいさうねえと言ふ人もなし

この冬はタオルを巻いて湯湯婆を君に運ぶといふことなかりき

夫とふ居場所はどこにももうなくてテーブルの角に陽が差してゐる

語るたび少しづつ君がずれてゆく ま、いいか 夏至の日の立葵

亀だってときには腹を干したからう裏がへる亀を見しことなけれど

2010年早春 室生寺 四首

わづかなる傾斜に君が苦しみし宇陀室生寺に風寒き頃

帰ったぞ、飯だ飯だと飼ひ猫になりたるばかりの野良猫(のら)が騒ぐなり

コラーゲンを飲んでもなんにもなりません そこだけ受けて終はる講演

君がため淳が買ひ来てわれら植ゑし山桜なり鹿に喰はれき

もうお帰りと言ふのは誰か夕翳りする水の面に鳥を浮かべて

そして一年

一周忌と人に言はれてはあそんなものかと思ふどうでもよけれど

倖だったと思へるきみとわれがゐてそれがやっぱり倖だった

もうあれは去年のことかきみに降りわれらに降りし蝉声の夏

仏さんなんかにならんでよろしと言ってゐる きみの口調がそのまま私

夏草を草かまきりが渡るなり風に吹かれてそよぐかまきり

ああさうだと振り向き物言ふコロンボの追ひ詰め方は嫌ひだったな

口あけて眠れるのみとなりしかばもういいよもうと子は願ふなり

あなたとふやさしき言葉に呼ばれゐしあの頃あなたはわたしであった

相槌を打ちくるる人のなき部屋が隅よりがらんと夕暮るるなり

丸二日帰らぬ猫がゐるゆゑに娘もわれも剣呑になる

竹箒のはっしはっしと小気味よき音庭になし冬の陽が差す

歌のなかにきみが遺せし言葉なれば火(ほ)めくありそして囁(ささや)けるあり

くすくすと笑ってゐるのは誰だらう紅葉の山にくすくすくすくす

モンゴル力士の本名みんな諳(そら)んじてつくづく変なり高野公彦

語るたび美化されて死者は遠ざかるええいままよと校正もせず

ひょっとしてあなたなのかと思ふまでこの白黒の猫のわがまま

いつ行ってもこのごろ櫂(かい)は留守がちで末のふたりが飛びついてくる

さりげなく野の花があったあの頃のコップにゑのころの穂が三、四本

半ズボンが窮屈さうで大きくてハンプティダンプティのやうなどんぐり

喧嘩ばかりするなするなら勝って来いと息子に言はざりしを猫に言ひ聞かす

こんなふうに死んでゐるのが発見されやっぱりねえと人ら言ふらむ

嫌ってゐたのは鉄腕アトムの正義感 十万馬力といふ嘘くささ

とりあへず悪役にこそ味がありグリコに力があったあの頃

音声認識はフーリエ変換とこともなげに言へる甥なりグーグル社員

ベランダに蝉の三つ四つ転がれるゆふべ消し忘れたる灯りのせゐで

たったこれだけの家族ときみが詠ひしは寒谷峠(さむたにたうげ)この尾根の道

たったこれだけの家族であるよ子を二人あひだにおきて山道のぼる 河野裕子「はやりを」

こんなにも気配はそばにあるものを一度くらゐ返事をしてみろよ おい

独居老人に分類されてわれに来る区役所よりの巡回通知

あっ、攣(つ)ると思へばすなわち足が攣る呻きつつはかなき朝がはじまる

失礼な奴と思へるヤツ増えてすなはち我の老いのはじめか

家猫となりしばかりに縄張りを持ちて闘ふがんばれがんばれ

あの時のきみの笑ひは何なりしのけぞりてまたわが胸を打ちて

きみのゐた頃よりいまのぬかづけの味がいいぜと告げたきものを

またやった 腐れし梨はぼよぼよとなりたるのちに我に見つかりぬ

峰をわたり峰を越えゆく送電線のはるかなたわみのやうにさびしい

水馬(あめんぼ)が水を押すとき水にある硬さ弾力踏みごたへなど

「そうだ 京都、行こう」って思へるまでに秋晴れわたる

あしのねの短かかる世と嘆くまじそのおほよそをともにありしを

低きより光はおよぶ低きより己れ見るべし新しき年

あからひく朝の光はおづおづと比叡の肩よりさし出づるかな

かりそめの生と思はばかりそめの生の半ばに遭ひて別れぬ

拾ってきた栗でと恐縮するありてそれを喜びわれらいただく

留学生チューさんこの頃寡黙にて尖閣のことに触れてはならず

きみがしてゐたやうに折りきて挿してをく狗尾草(ゑのころ)の二、三本がほどコップの中

クリックをするたびダビデは拡大され左右の睾丸大きさが違ふ

苺には練乳かけて食ふものと疑はざりき昭和の子らは

阿保やなあほんまに阿保やと撫でられてあはうな猫になりゆけるかも

朝ごとにわが屋根に来て足踏みをするゆゑ餌をやらねばならぬ

烏に餌をやってゐることご近所に言ってはいけない知られてもいけない

死に続く眠りといふを思ひをりだあれも起こしてくれない眠り

泣いてゐるのは今の私 若き日のきみを泣かせてをりたるをとこ

そのをとこ若くて熱くて性急でそれより熱きをんなに逢へり

泣くひとをけふは見たりき声あげてただ泣くためにだけ泣くひとを

このあたりの者にござると春の土を盛りあげ土竜はまっすぐに行く

さびしいよ どんなに待ってももう二度と会へないところがこの世だなんて

ペニスなべて削りとられしまま並ぶ古きパティオのローマの戦士

いつのまに死んでゐたのか雌日芝の穂が眼交ひに揺れてゐるまに

名前はわたしがつけるときっと言ふだらうメヒシバの穂をさやさやさせて

蝸牛(まひまひ)の進化したるが蛞蝓(なめくぢ)と言はれて何かが納得しない

蝸牛に肺があるなんて知ってたか舌だってあるしペニスだってあるんだ

尻尾にも網目はありて夕暮れの網目キリンは網目のなかに

ほんたうに怒ってゐるのだ情けなくて怒るとふこと君にわかるか

大陸の風の強さが引き絞るこの弓なりの秋津洲日本

ヒンズースクワットけふ三◯回よしよしと湯舟に入れば湯のあふれたり

眠ってもいいけど凭れてこないでねお相撲さんが私の横に

この家に灯をともすにんげんはおまへだけさねと猫はねむれる

仰向けによろこぶ猫の無防備がうれしくて撫で丸めては撫づ

わたしよりわたしを知ってをりしひと亡くてわたしは死ぬとき知らず

猫が鳴けばさらに大きく泣く幼な きみの最初の敵かこの猫

赤飯を炊いた食ふかと聞いてくるぶっきらぼうは電話の向かう

開かない抽斗が少しづつ増えてゆく晩年といふ日だまりのなか

ほめかたがだいぶあなたに似てきたよ 紅(こう)のことだよ 泣けてしまふよ

10000メートルの気圧を処分できなくてわたしの耳が戻ってこない

まっすぐでかつ人間ができてないあなたの批判いまもときをり

チューリップはいいわねお尻がかはいくて、なんて言ってたはずのあなたが

ぱたぱたとタオルを振って干すときにあなたがゐない此の世と思ふ

それがなぜあなただったか夕暮れの火に火を足してまた思ひをり

いまの私を見てゐてほしいと思ふ人みんなゐなくて菜の花畑

ホバリングしてゐる蜂はくまんばちそれ以上来るな近づくなってば

この頃やけに長くなりたる眉を切るあの頃の村山富市好きだったなあ

タンポポもナズナも咲いてとんとんと地球と逆に私は歩く

先生と言ふに抵抗がなくなりて「先生、やっと」と呟いてゐる

君の知らぬ君を知らざる若きらにあのときはねえとまた言ってゐる

よくやったとほんとに思ふわたくしを出さず抑へて来し三〇年

学生時代よりともに来たりしひとりにて 一緒に飲まうぜ花山多佳子

あなたならきっと褒めてくれただらう こんなにわたしは磨り減ってゐる

ゐてほしいとおもふのはもうゐないとき 鍵をまはして戸を開けるなり


以上













by 575fudemakase | 2018-04-02 18:59 | 句集評など | Trackback | Comments(0)

駒木根淳子句集「夜の森」を読んで

駒木根淳子句集「夜の森」を読んで

2016・11・25 角川書店 第2句集


以下、多くなるが共鳴句を挙げる。


遠足児邪馬台国を駈けまはる

断層の上にはばたく桜かな

ジーンズの裾の重たき濃あぢさゐ

遠郭公気を付けのまま寝袋に

直登の蜈蚣総身弾みだす

巨き荷とベンチに睡る冬帽子

老優のごとき横顔冬の蠅

海けふは陸よりしづか龍の玉

寝足りたる手足のごとき新樹かな

馬鈴薯の花あはあはとふつふつと

青梅雨や卵を宿す魚煮て

中学生胸筋ひかるまで泳ぐ

滴りの膨らんでくるうすみどり

しばらくは夕日をこらへ滴れり

打水の宙をよぎりしもの濡らす

赤のまま図面ひろげしまま歩く

新さんま傷つきやすき蒼さもて

夕鵙に抜いては燃やす畑のもの

樹樹たかく空なほたかく冬が来る

完結の龍太全集冬の鵙

雪霏霏と神代の暗れを伴なへる

荒梅雨や書庫の脚立にをればなほ

滑落の一瞬蛇の伸びきって

蟻群れて骸のそりと動き出す

地面まで雨届かざり鶏頭花

蛸の脚一本欠くる残暑かな

付添ひの寝床のかたし後の月

トロ箱の水あかく透く冬はじめ

買物の父のまごつく日短

探梅やすずめのやうに日を浴びて

若布漁近し薪を浜に積み

耕人の風を聴きをる背中かな

さくらさくら丹田使ふ登り坂

春の蠅天神裏に魚干せば

ヘルペスの母に居座る残暑かな

芋畑もっとも昼の虫鳴けり

乾きもの戸棚にさがす十三夜

囀やペットボトルの茶に馴染み

のっそりと猫の横切る扇風機

茄子の花寡黙な男なら信ず

きんぴら太し下野の初時雨

冬眠の蛇の薄目になる日差し

鮟鱇の口の向うの怒濤音

涅槃図へみしみし人の近づける

春耕のけむりなやうなもの蒔けり

首抱かれ馬のしづまる朝桜

遠足の終り兎の餌を摘む

底抜けの青空鐘馗幟立つ

翡翠の水裂くやうに飛び去れり

道をしへ虹色に跳び誕生日

江ノ電も橋も傾け神輿来る

ご赦免花つぎの船まで一時間

十三夜電話は来ても来なくても

掛大根潮騒に痩せ月に痩せ

脇腹にみどりひと刷き枯蟷螂

研ぎかけの出刃に指あて暮早し

寒釣のどのポケットもふくらめる

ぬかるみはひかりを集め冬雀

燕来るセピアづくしの写真館

そら豆をつまむ還暦まで二年

ポケットの深くて秋の更衣

流鏑馬のための盛り砂紅葉晴

枯露柿のとろりと雪になる雲か

天上に父の豆撒く声あらむ

遺されて春の小川をうたふ母

陽炎へりヨー素セシウムγ線

見る人もなき夜の森のさくらかな

傾がざる電柱はどれ夏つばめ

土足にて生家を歩く日雷

家毀つ順番来たり雲の峰

弟が父の数珠持ち盂蘭盆会

冬ざるる撮らる全員防護服

石蕗咲いて出船許されざる漁港

牛の仔の涙痕黒き冬日向

梅ふふむ土竜の土の新しく

有楽町さくらまつり

被曝櫻被災地櫻ここに咲き

竹皮を脱ぎてあっさり再稼働

子育ての翡翠の頭の禿げてゐし

すててこを穿き炭鉱の生き字引

新盆の闇じゃんがらは死者を招び

母は手を握れば寝落つつづれさせ

ぼた山のいつか草山葛嵐

稲刈のおほき太陽賜りぬ

虫喰ひの穴にあをぞら柿紅葉

仮設住居三百といふ冬景色

梅咲いてもめん豆腐を好む夫

的中の矢音みじかし山桜

鎌倉五山花御堂より花御堂

豆ごはん夫の職退く日の近し

被曝野と呼ばれやませの吹き荒ぶ

海原に祈る濃き虹また祈る

またたかぬ眼もてくちなは泳ぎけり

炎昼のけりをつけねばならぬこと

和菓子屋に母似の背中秋彼岸

初雪となるはずの雨肩濡らす

独楽よりも紐の汚れてをる日暮

鳥帰る余震一万六千回

個室より母と見てをる遠桜

沖を見るまなざしに似て桐の花

キャンパスに英語北京語四十雀

ビル裏を運河に晒す帰燕かな

テトロンの日の丸うすし鳥帰る

ふらここを一途に鳥になりたき日

もう誰もここには来ない山桜

竹皮を脱ぎ長雨の崖背負ふ

ひまはりの話しかけたくなる高さ

まくなぎを抜けそこなひし眉ふたつ

在りし日は

上京の母のうすものまぶしめり

すでに日のたかだかとあり銭葵

花木槿母に昨日も今日もなく

夕蜩ひと様に母ゆだねをる

切株といふ秋風を待つところ

初雪が来る給食の鯨カツ

黙禱の一分の闇春怒濤

芽吹山首長竜の骨埋み

切株にひとりの時間蝶の昼

この先は奔流ならむ飛花落花

巣つばめに空より鴉地より蛇


以上



by 575fudemakase | 2018-03-11 11:41 | 句集評など | Trackback | Comments(0)

後藤比奈夫句集「白寿」を読んで

後藤比奈夫句集「白寿」を読んで

2016.1・8 ふらんす堂


九十九のお方の無手勝流は、ぐぐっと押して来る処をええいと呑み込むしか方法は無い。

共鳴する句数の多寡なんて言ってられない。


葉牡丹の白蛇浄らか花時計

大方が長生せよといふ賀状

寒禽にして囀るといふことも

御簾の内見えぬ源氏絵屏風かな

満作の咲いた咲いたと咲くことよ

恵方巻齎し豆も巻き呉れし

クリスマスローズそんなに俯くな

どう退治せむこの大き蓬餅

春聯の如意吉祥は昔より

白梅の蘂がこんなに紅いとは

ファッションといふ春寒きものを見る

祭来るとてヒマラヤの着道楽

文旦を剥くに千人力を出す

写真にて見参桜島大根

胞飛んでしまひてやるせなき土筆

菜の花を籬仕立にしてみたる

まだ踊り馴れぬ踊子草の群

踊らずに喉を越したる白魚も

下車もせず花のトンネル通り抜け

能代には女ベラボウ舌出す凧

金輪際鳴かぬと亀の擡げし首

残りゐて早く散りたき花ばかり

花もはや花見団子の色淡く

花を鎮めともなく雨の降り出でし

久安寺にて踊りゐし踊子草

残花てふことの郁李にもありし

赤すぎる鯛釣草の釣りし鯛

母子草御形といへば位あり

花びらは掃かず掃きゐる桜しべ

見付けたる洗鱸といへる季語

ほんたうに笑ってをりし壬生の面

しっかりと都忘は都色

夜が来れば朝が来るなり青葉木莵

六甲山にもそれなりの登山地図

浪立つるためには群れて咲いてこそ

梅雨に入る箱根卯木の咲く日より

遍羅(べら)といふ漢字のありしこと気付く

釈迦の鼻くそとえんまの目こぼしと

樽酒の樽の涼しき吉野杉

炎天へ火の気立ちゐる煙の木

泡盛のせゐか熱中症なるか

素戔嗚尊ねぶたになり給ふ

落蝉になく空蝉に命見ゆ

集団でしてゐる主張吾亦紅

紅白の鼻緒で亡者踊とは

踊まだ端縫着らるる年ならず

下草として藪蘭の悪びれず

平凡がよしと紫苑の咲きにけり

秋田美人彦三頭巾を垂れ踊る

三方の由々しき月見団子かな

夕月のかかるに間ある芒かな

にごり酒にも盃の柿右衛門

案外にさらりと酔ひてにごり酒

水澄みて鯉純金になりたがる

管物といひて神経質な菊

老爺柿ながらにいまが青年期

背山よりいつもの声の初鴉

乗初は子の押しくるる車椅子

誰にでも道をゆづりて老の春

破れても裂けても聢と朴落葉

野葡萄にあらざりへくそかづらの実

何の落葉か染みだらけ傷だらけ

聖夜にも打つ寒柝のありしこと

聖夜の子たちに回転木馬の楽

花むしろ父の座よりも倅の座

初絵馬として宮島の福杓文字

破魔矢まで清盛好み厳島

くわつと目を開き湯沢のまなぐ凧

小町の絵らし寒紅の貝の蓋

寒中も歩くプールに来て歩く

アネモネの好きな彼女を思い出す

春は春色手作りの毛鉤まで

梵天のための藁沓それを土産

丸顔の雛を見過ぎてしまひたる

水落ちてゐても鳴る気のなき僧都

のれそれはのれそれなりによき黒目

神戸港眺めの丘の碇草

三味線もなくてこの草撥ばかり

春落葉厩まはりが好きで積る

栴檀の双葉如何と尋ね来し

生えてゐるやうに竹の子立ててあり

黄心樹(おがたま)の花には神のいますかに

九(ここの)巻または十(と)巻に粽の緒

老舗の名六萬石のかしは餅

芯蒸しといひ深蒸しといひ新茶

ざくざくといふほど生けし小判草

伽羅蕗の甘口仕立よかりけり

これがその神田の生れよてふ祭

たこどない穴子どないと魚の棚(うおんたな)

なめくぢを取るになめくじいらっしゃい

黴びることなかり東郷青児の裸婦

いかがでしたかと問はれし心太

生涯に読み切れざりし書も曝す

親鹿とちがふ子鹿の見てゐるもの

象涼し鼻で物言ひ尾で返事

耳馴れし金比羅船々うちはにも

柚子坊といはれ芋虫仕合せな

如何な衣脱ぐや八岐大蛇なら

竹節虫はナナフシなりに涼しげに

文字摺の花が次第に渇筆に

やけくそにならねば跳人にはなれず

向日葵の黄のこれでもかこれでもか

盆石に鮎の遡上といふ景色

涼しいといふことをはき違へたる

土用灸近しとばかり灸花

風鈴の四万六千日と鳴る

たまに立つ土用と思ふ波頭

あゆ菓子の求肥さすがに祇園流

型録の鰻重大き鰻の日

美しや亡者履きゐる踊足袋

のぞかるるおわら踊の笠の内

白絹を着せてやりたき衣被

猪垣にある人間の出入口

かと言ひて抱負もなくて老の春

抱へられ跨ぐ湯槽や初湯殿

初暦めくれば兎弓を引く

鰤大根並びデパート惣菜部

寄鍋といはずにブイヤベースとて

大吹雪してはお降りとも言へず

寶船敷くを忘れて見たる夢

大寒に入りしと胸に言うて聞かす

外に出て歩けと励まされて寒

寒となり度胸据りし烏とも

雛菊の中の私の好きな色

堅香子の花も俯き人を恋ふ

梅花祭

梅盛り上七軒の舞妓らに

何となくペンの動きも春めいて

新じゃがや新たまねぎや主婦たのし

桜湯に花は一つでよきものを

こどもの日ですよと娘から電話

象の背を何と思って蠅止る

痛さうに千切れてをりし蛇の衣

腰振ってゐる孑孒といふ字かな

見舞客篤とジャカランダの話

退院

ナースたち涼し口々おめでとう

ピストル型水鉄砲の殺戮度

起し絵のフラダンスとはよくもまあ

昨日から鰻を食べて土用丑

するすると伸びてまだ伸び揚花火

城自慢水を自慢の踊唄

天守閣にて聞いて来し秋の聲

白寿まで来て未だ鳴く亀に会はず


以上




by 575fudemakase | 2018-02-07 17:04 | 句集評など | Trackback | Comments(0)

櫂未知子句集「カムイ」を読んで

櫂未知子句集「カムイ」を読んで

2017・6・30 ふらんす堂


共鳴句を挙げる


南風吹くカレーライスに海と陸

掛香や私雨(わたくしあめ)の脚見えて

夏空をちょっと高枝切り鋏

実家とはあをき蠅帳置くところ

一切の私物を置かず夏座敷

誰からも見えて蠅取リボンかな

働いてこの夕焼を賜りぬ

流木のふるさと知らず夜の秋

水道の水をたのしむ生身魂

流燈の華奢な柱をいたはりぬ

山廬

玄関のくろぐろとあり涼新た

露草のしいんと群れてをりにけり

影としてみな杳として吾亦紅

いちじくの火口を覗く夜なりけり

あをぞらの途中に烏瓜ふたつ

帰心とは水引草にかがむこと

湯ざめして耳の捉ふる夜の川

湯気立てて来世のやうに二人をり

車間距離取るごと年の瀬を歩む

えんぶりの首華やかに振ることよ

余寒とはずらりと蛇口並ぶこと

卒業や見とれてしまふほどの雨

壺焼の奥には雲のやうなもの

陽炎に投函したる手紙かな

はまぐりの殻に遠景らしきもの

桃咲いて戸車おとなしくなりぬ

抽象をきはめて鳥の巣の高き

遠足の子の十人に十の幹

葉桜やわが裡に棲む蝦夷と江戸

夕立や肌よりにほふ正露丸

高原のポスト小さし夏休

えぞにうやほっそりと立つ父の墓

晩婚といふ味はひの葛桜

箱庭に軍隊置いてある夕べ

村にまだ掟がすこし草清水

椅子置けば部屋となりけり遠花火

冷房車三十年はすぐ過ぎて

未生なる風のあれこれ夕端居

炎昼や箸にかからぬものが好き

おほぞらにあたためられて日向水

旅ながら家の話や一夜鮓

ハンカチを小さく使ふ人なりけり

言葉すぐ切り替へてゐる帰省かな

おとうとの遠さにも似て冬銀河

挨拶は雪を払ってからのこと

塩鮭の塩ぼったりと落ちにけり

雛市のくれなゐの中あゆみをり

ほどほどに忘れられたる種物屋

いっぽんの風となりたる鯉のぼり

夏料理水を食べたる心地せり

町会の花火のつくる夜なりけり

サイダーの風のごときを飲み干しぬ

風死して充電すべきものばかり

さまよへる湖に似てビアホール

風少し連れてくるらし撒水車

陶枕の山河に頭のせてをり

経験の多さうな白靴だこと

広島忌振るべき塩を探しをり

海を見ることより始め冬支度

イブノーシンセデスバファリン一葉忌

大空に根を張るつららだと思へ

みづうみの名前のやうな風邪薬

青空に用あるごとく出初式

啓蟄や今宵は刻むものばかり

華のあるものを食べたき彼岸かな

積夜具にもたるる心地して朧

春荒や封書は二十四グラム

本名に少し慣れたる遅日かな

惜春や汽水に生くるもの数へ

母乗せて樟脳舟の出でゆきぬ

一瞬にしてみな遺品雲の峰

風鈴を外し忌中となりにけり

水菓子とともに西日に耐へてをり

仮通夜や冷し中華に紅少し

立秋や意匠を凝らす霊柩車

喪服ぬぐ蝦夷には蝦夷の稲の花

ゆつくりとかなしむために吾亦紅

稲妻や箒に残る母の癖

姉に家われにななかまどを遺し

なほ母をうしなひつづけ霧ぶすま

小海線

押せばよし枯野へ開く釦あり

はつふゆの猫にうつすら静電気

風呂敷は布に還りて一葉忌

餅買って星の気配のする街へ

真悲しやかんじき用の足に生れ

石の貌つぶさに眺め冬の川

深呼吸して雪原を味はひぬ

探梅やかばんをもたぬ者同士

海荒れてこそのふるさと節分会


以上


聞く処によると、氏は戯作文学の研究の徒と云う。

小生も同様な趣向を持っているのでこころ易く感づる。










by 575fudemakase | 2018-01-15 13:41 | 句集評など | Trackback | Comments(0)


俳句の四方山話 季語の例句 句集評など


by 575fudemakase

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▽ある季語の例句を調べる▽

《方法1》 残暑 の例句を調べる
先ず、右欄の「カテゴリ」の「秋の季語」をクリックし、表示する。
表示された一番下の 「▽ このカテゴリの記事をすべて表示」をクリック、
全部を表示下さい。(全表示に多少時間がかかります)
次いで、表示された内容につき、「ページ内検索」を行ないます。
(「ページ内検索」は最上部右のいくつかのアイコンの内から虫眼鏡マークを探し出して下さい)
探し出せたら、「残暑」と入力します。「残暑 の俳句」が見つかったら、そこをクリックすれば
例句が表示されます。

尚、スマホ等でこれを行なうには、全ての操作の前に、最上部右のアイコンをクリックし
「pc版サイトを見る」にチェック印を入れ実行下さい。


《方法2》以下はこのサイトから全く離れて、グーグル又は ヤフーの検索サイトから
調べる方法です。
グーグル(Google)又は ヤフー(Yahoo)の検索ボックスに見出し季語を入力し、
その例句を検索することができます。(大方はこれで調べられますが、駄目な場合は上記、《方法1》を採用ください)

例1 残暑 の例句を調べる

検索ボックスに 「残暑の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「残暑 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【残暑】残る暑さ 秋暑し 秋暑 【】=見出し季語

例2 盆唄 の例句を調べる

検索ボックスに 「踊の俳句」 と入力し検索ボタンを押す
いくつかのサイトが表示されますが、「踊 の俳句:575筆まか勢」のサイトを
クリックし表示ください。
[参考] 【踊】踊子 踊浴衣 踊笠 念仏踊 阿波踊 踊唄 盆唄 盆踊 エイサー 【】=見出し季語

以上 当システムを使いこなすには、見出し季語をシッカリ認識している必要があります。

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